今回は、競馬を題材にした小説『ザ・ロイヤルファミリー』で2019年JRA賞馬事文化賞につづき山本周五郎賞も受賞された小説家・早見和真さんにお越しいただきました。
※ インタビューは、新型コロナウイルス感染予防のため、三密を避け、ソーシャルディスタンスをとって行いました。
JRA賞馬事文化賞&山本周五郎賞受賞
山本周五郎賞を受賞された早見和真さん
キャプテン渡辺(以下、渡辺):今回のゲストは小説家・早見和真さんです。競馬を題材にした小説『ザ・ロイヤルファミリー』が、2019年JRA賞馬事文化賞につづき山本周五郎賞も受賞されました。ボクも読みましたが、面白い!いっきに読み終えました。
早見和真(以下、早見):ありがとうございます。
渡辺:そもそもどうして競馬を題材にしようと思われたのですか?
早見:同じ新潮社の『イノセント・デイズ』がよく売れてくれて「次は?」となったときに、本が売れる・売れないは抜きにして自分が好きなことをテーマにしようというところからスタートしました。小説家のボクがこんなことを言うのもなんですが、小説を書くのがずっと怖くて。
渡辺:書くのが怖い…?
早見:ボクにとって小説を書くことって、自分の才能のなさを突きつけていく作業なんです。これは謙遜でもなんでもなく本当にそう思っていて、せめて好きな競馬をテーマにすれば少しは楽しく書けるかなと。
渡辺:作家さんは、書くのが好きでたまらないとか、書き始めたら登場人物が勝手に動きはじめて止まらないとか、そういう話をよく聞きますけど。
早見:ボクは一度たりとも動いてくれたことがないです。
渡辺:競馬小説ってなかなか売れなさそうですよね。競馬ファンの多くは小説買うなら、そのお金を単勝万馬券につぎ込みますし。編集者がよく競馬小説をOKしましたね。
早見:その馬券のうちの2000円を僕に回してくれませんか、という気持ちです(笑)。ジャンルとして競馬小説は売りにくいという定説があるそうです。でも競馬小説が売れないのではなく、売れる競馬小説を書けばいいと言ってくれた編集者もいたんですよね。
渡辺:取材期間ってどれくらいだったのですか?
早見:3年半くらいですかね。新潮社が馬産地からセレクトセールから競馬場から好きなだけ取材させてくれました。準備期間はこんな楽しいことはないと思うくらい楽しかったです。小説を書く怖さは変わらなかったですけど…。
渡辺:取材で一番印象に残っているシーンはありますか?
早見:有馬記念間近の早朝の中山競馬場です。関係者の方からJRAにお願いしてもらい、有馬記念数日前の早朝の中山競馬場を歩かせていただきました。そこで見た光景は、明日死ぬなら走馬灯に出てくるくらい鮮烈でした。この情景を描写できないようなら物書きとして負けだと思って、メモや写真も撮らずに心に刻み作品に描きました。
いい人たちとの巡り合い
渡辺:小説家って競馬サークルからしたら部外者じゃないですか。取材中、とっつきにくさとかはなかったですか?
早見:いや、むしろ逆でしたよ。本当にいい人たちと巡り会えました。心ある方がさらに心ある方をつないでくれて、騎手、調教師、厩務員、馬主、競馬記者と書くときに悩んだらこの人に頼めばいいという方をそれぞれ紹介してもらい、助かりました。
渡辺:作品の中で馬の完歩の話が出てきますよね。描写が細かくて詳しいなと思いました。
早見:あのシーンは川島信二騎手のお陰です。馬がマイルを走るときの完歩数ってミニマムでどれくらいなのか全然見当もつかなくて、川島さんに電話しました。「多分調べられますよ」と言ってくれて、翌朝すぐに電話がかかってきたんです。
渡辺:さすが騎手ですね。
早見:それが騎手とか関係なくて、Youtubeで一歩一歩、徹夜で数えてくれたらしいです(笑)。
渡辺:えー!(笑)。
早見:競馬サークル内で一般論みたいなのがあるかと思って質問したのに、騎手になんてことさせちゃったんだと本当に申し訳なくて。川島騎手は本当にいい人で、翌朝調教があるのに山本周五郎賞の授賞式にも来てくれました。「こんな幸せなことないですから」って。
渡辺:そういういい人たちとの巡り合いが、今回の作品にもつながってるんですね。
早見:そうですね。
渡辺:競馬小説というとダービーを目指すのが王道だと思うんですが、有馬記念を軸にしたのは何か理由があるのですか?
早見:2つ理由があって、ボクの中で有馬記念への想いが強いのと、もうひとつは仮想敵として宮本輝さんの『優駿』が存在していたからです。『優駿』がダービーなら、こっちは有馬記念でというのが理由ですね。
渡辺:競馬小説というと阿佐田哲也さんの作品のような博打打ちをつい思い浮かべてしまいます。馬主を主役にしたのはなぜですか?
早見:一般読者のほとんどは競馬といえばギャンブルで、嫌悪感をいだくというような競馬の世界観なのだろうと思っていました。それよりも、競馬に携わる人達の純粋さや美しさ、魅力の方が世間一般には伝わっていないだろうなと。心を持って馬と接している人々を描くことが、世間へのカウンターになると思ったんです。
渡辺:作品に出てくる馬主の山王耕造のイメージって、最初汚い印象なのに後半になるにつれて変わっていきますよね。
早見:20代のころ馬券でボロボロにやられたとき、ウィナーズサークルでキレイなお姉さんと口取り式に臨んだオーナーに強烈な嫌悪感をいだきました(笑)。でも、今回実際に馬主の方とお会いして話を伺うと、皆さん馬に対して純粋なんですね。そこにすごく惹かれました。作品に出てくる山王耕造が汚いキャラクターから魅力的な人物に変わっていくのは、ボクが20代のころに思っていた馬主へのイメージから今回実際にお会いして至ったイメージの変節そのものです。
ゲストに聞くキャプテン渡辺のここだけの話
- Q.小説家一本で食べていくのは大変じゃないですか?
- A.とてつもなく大変です(笑)。(早見さん)
渡辺:いまのご時世、小説だけで食べていける人は少ないですよね。
早見:ボクと同じ時期に華やかにデビューした人でも、今は書いてない人いっぱいいますね。同期でもっとも輝いているのは湊かなえさん。またたく間に文壇の頂点に駆け上がっていかれて、眩しくて直視できません(笑)。
渡辺:エッセイとかコラムとか、そういうのは書かないのですか?
早見:もちろん書くことはありますが、それが自分の背骨にはならないです。ちょこちょこ書いて干されるくらいなら、これがダメなら仕方がないという勝負作を書き続ける方が自分の性に合ってそうです。後悔したくないという想いが人より強いんですよ。それは馬券にも反映されている気がします。
渡辺:2008年にデビューして12年、小説家として順風満帆ですか?
早見:デビュー当時、12年後こうなっていたらいいなと思い描いていた姿があるとしたら、いまはそれよりはるかにいいところにいるはずです。なのに一度たりとも焦りが消えたことがありません。結婚して子どももいるんですが、お金の面ではちゃんと維持できている手応えあったんですけど、この前、妻から過去に2度お金が尽きていたことを明かされました。へぇーって返しましたけど(笑)。
継承される血と野望。届かなかった夢のため――子は、親をこえられるのか? 2019年JRA賞馬事文化賞、2020年 第33回山本周五郎賞 受賞作。
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