ゲスト ノーザンファーム顧問 中尾 義信 さん
01. 公平、公正、中立の立場でハンマーを握る――それが、“鑑定人”の仕事であり、使命です。
1頭のせりに使える時間は、約2分
ほっとするのは
すべてのせりが終わった後です
――1998年に創設され、四半世紀の歴史を持つ日本最大のせり市、セレクトセールの立ち上げから携わり、せりの進行には欠かせない“鑑定人”の中でも、唯一無二の存在と言われる中尾さんが、“鑑定人”として大事にされていることから教えてください。
中尾鑑定人は、生産者と購買者の方を繋ぐのが仕事ですから、常に、公正・中立でなければならないということです。
――寡聞にして、僕はテレビでしかセレクトセールを見たことがないのですが、ハンマーを落とす瞬間というのは、どんな気持ちなんだろう? とか、気持ちよさそうだなぁとか思っていましたが。
中尾それは、ないです。一頭のせりが無事に終わったら、また、次の一頭。それが終わったら、また次の一頭……セレクトセールは、上場馬の頭数が多いものですから、一頭あたりのせりに使えるのは約2分ほどなので、すべて、無事に終えてから、ほっとする感じです。
――とはいえ、“鑑定人”も人の子です。たまには、この馬は、この人にせり落として欲しいなぁとか、生産者のために、もうちょっと高く売ってあげたいなぁとか、思ったりはしないものですか(笑)。
中尾それもないですね。2億、3億を超える馬の売買が成立すると、拍手や歓声が湧き上がるじゃないですか。その瞬間は高揚しますよね? とか、顔見知りの購買者の方には、たまには、手心を加えるなんてこともありますよね? とか、聞かれることがありますが、それは、ない。絶対にないです。
――そうか……ないんですね。そういうのがあった方が、なんか人間っぽくて、いいなぁと思っていたんですが(笑)。
中尾あぁ、渡辺さんが聞きたいのは人間らしさなんですね。そういうことでしたら、なくはないです。
――えっ!? あるんですか? それですよ、僕が聞きたかったのは。それを教えてください。
馬主さんにとってせりは
アドレナリンが出る
ワクワクするようなイベントです
中尾“鑑定人”の感性や感覚をすべて排除するということでしたら、ボタンを押して、それで終わりでいいわけです。でも、セレクトセールは、そうじゃない。それはなぜなのかといえば、購買者の皆さんが、わざわざ北海道まで足を運んでくださるということも含めて、ワクワクするようなイベントだからです。
――イベント?
中尾そうです。最近は、馬主さんになって、はじめて持ったのが、このセレクトセールで手にした馬だという方もいらっしゃるように、せりに参加するこのシステムそのものが、馬主さんになって大事なイベントであり、最初に味わう楽しみになっているんです。
――それくらい、思い通りにはならないし、興奮する?
中尾馬主になられる方というのは、それぞれの世界で、成功された方たちばかりです。その方たちにとっても、思い描いて通りにはならないのがせりというシステムで。狙った馬を手に入れるためには、相手より、多くの金額をビットしなければいけない。自分では意識しなくても、アドレナリンが出てしまうんですね。
――それは、そうですよね。僕が馬主になることは永久にないですけど、もしも……と考えたら、アドレナリンが出まくりそうです(笑)
中尾例えば――3000万円からスタートして、2人の方がどちらも譲らず9000万まで上がったときです。右手を挙げながら、「1億!」と声を上げた方が、相手の方が、どうしようか考えているのに、興奮されたんだと思います、左手を挙げながら、「1億3000万!」と、ご自分が出した金額に、ご自身で競るということもありました(笑)。
――ははははは。でも、わかるような気もします。
中尾そういうときに、冷静にと促すのも、“鑑定人”の仕事で。そのためにも、“鑑定人”は、気持ちはいつも平らかに、淡々と進行させることを求められます。
――価格を上げるというのも、“鑑定人”としての評価にはつながるんですか。
中尾価格は関係ありません。一にも二にも、無事にせりを終えること。“鑑定人”に求められるのはそこですし、大事なのもそれです。
進行によっては、“鑑定人”が主役に映ることがあるかもしれませんが、そう見えるだけで、あくまでせりのメインは、お客様です。大事にしなければいけないのは、お客様の、この馬が欲しいという気持ちです。
――馬主さん同士が、相手を意識されることもあるんでしょうね。
中尾そうですね。今年は負けないぞ! とか思う気持ちが刺激になり、ますます気合が入るというお客様は、いらっしゃいますね。
数々のドラマから生まれる
連帯感とチャレンジ精神
――競り落とせば嬉しいし、反対に、負ければ悔しい。そこにいろんなドラマが生まれるんでしょうね。
中尾セレクトセールでは、金額が上がりすぎて買えなかったという方が何人もいらっしゃいます。そういう方がせりが終えた後に僕のところに来て、「予算をちょっと超えるところまでは頑張れたけど、結局、今年は、一頭も手に入れることができなかった」と、おっしゃるんです。
――文句を言いにきた?
中尾そう思いますよね!? でも、違いました。「せりで馬を買うのがいかに難しいかわかったよ」と苦笑いをされた後に、「でも、これほど面白いものはない。いい経験をさせてもらった」とおっしゃったんです。
――いい経験!? せり負けたことが、ですか。
中尾せればせるほど、ビットを打てば打つほど、相手の方の気持ちがわかってくると。あらかじめ自分が決めた予算の中で、それでも、この馬が欲しいという自分の気持ちと戦っている気持ちが、伝わってくるとおっしゃるんです。
――せりに参加した人間にしかわからない言葉ですね。なんか、すごい話です。
中尾来年こそは頑張るからと、みなさん、そうおっしゃるんです。そのために、明日から仕事を頑張るからと。
――一頭の馬を競り合ったもの同士、連帯感のようなものも生まれるんでしょうね。
中尾だと思います。毎年、競っている相手が何の事情で参加できないとがっかりされますし、体調を崩したんじゃないかとか、心配される方もいらっしゃいますから。
――競る相手がいなければ、安い金額で、狙った馬が手に入るかもしれないのに……そういうものでもないんですね(苦笑)。
中尾“鑑定人”の仕事は、そういうお客様たちがいるということを認識して、どちらかに偏ることなく、公平に、公正に、淡々と、でも、その場の空気を読みながら、“鑑定人”それぞれの判断でハンマーをどうするか考えなければいけない。それが難しさであり、面白さでもあります。
――今年、27回目を迎えるセレクトセールですが、今後、どうなっていくと思われますか。
中尾競馬ファンの方も含めて、いまは、馬が上場された段階から競馬を楽しんでいらっしゃる。そういう意味では、セレクトセールが持つ意味はこれからさらに高まっていくと思いますし、さらにしっかりとしたステージとして確立していくためには、マスコミの方の協力も必要になって来ると思います。
――地上波でせりを放送するとか、いろいろと出来ることはありそうですよね。
中尾渡辺さんに企画していただいて、ぜひ、お願いします。全面的に協力します。
――いや…あの…僕にそういう力はないですから(苦笑)。ここは、中山馬主協会にお願いしましょう!
(構成:工藤 晋)
中尾 義信 なかお・よしのぶ:
1959年4月生まれ。ノーザンファーム顧問。長年、ノーザンファームに勤務し事務局長等を歴任。
1987年旧社台ファーム繁殖牝馬セールはじめ、88年レックス・ノミネーションセール、そして98年のセレクトセール開始当初からメインの鑑定人として活躍する。
キャプテン渡辺:1975年10月生まれ。お笑い芸人。競馬、競輪、パチンコ、パチスロは趣味の域を超えていまや生活の一部に。特技は関節技。現在テレビ東京系列で放送中の『ウイニング競馬』にレギュラー出演中。YouTubeで競馬予想更新中。