ゲスト 白老ファーム 細田 直裕 さん
01. いつか、日本馬の血統が世界の主軸を形成する日がやって来る!? 可能性は、ゼロじゃありません。
入社したのは、92年。
サンデーの初仔が誕生した年
――社台グループでは、主にどんなお仕事を担当されているんですか。
細田海外の担当で、繁殖牝馬、種牡馬買い付けの窓口として条件の交渉をしたり、社長の最終判断を仰ぐための資料を作ったり、買い付けた馬の輸送を組んだりというのが主な仕事です。
――責任重大な仕事じゃないですか。
細田基本的に、種牡馬はオークションでの取り引きというのはないので、メディアにも出ないように、水面下で密かに話を進めるんですが、いつでも、どこにでも、競合相手はいるので、交渉も急がないといけない。そこの部分は大変ですが、その分だけやりがいもあるし、面白い仕事です。
――細田さんが社台グループに入社されて約30年……海外の競馬も、日本の競馬も、大きく様変わりしています。
細田私が入社したのは1992年で、先代、(吉田)善哉社長の時代でしたが、ちょうどその年は、サンデーサインレンスの初仔が生まれた年で。サンデーの仔どもたちが走る前の競馬と、走り出してからの競馬を間近で見られたというのは、驚愕でもあったし、同時に、すごく幸せなことでもありました。
――すごい! まさに、時代が動き出した瞬間を間近で見て、感じていたということですよね。それは、ちょっと……いや、ものすごく羨ましい。羨ましすぎます。
細田照哉社長がサンデーを購入されたことで、日本の競馬は劇的に変化して、そこから30年かけて、海外の人たちが、日本の競馬を見る目、日本の競馬に対するステータスがゆるやかにですけど、確実に、変化していった感じです。
――どういう…ことでしょう?
細田30年前は、日本の競馬を知らない方がほとんどでしたが、海外のトップクラスの繁殖牝馬が、ディープインパクトと種付けをするために日本に来るようになったり、最近では、キタサンブラックやキズナとの種付けのために来日したりと、生産にフォーカスが当たるようになったのを見ていると、「あぁ、そういう時代になったんだなぁ」と思います。
欧州でも、アメリカでもない
中立の地でレースをしたら
力の差はない、ほぼ、互角です
――生産も含めて、日本の競馬は、ひとつ、ひとつ、仕事が丁寧で。それに比べると海外は、どこかゆるいというイメージがあるんですけど、実際のところはどうなんですか?
細田その国、その地域、それぞれ独特のやり方があるので、一概には言えませんが……生産に関しても、調教に関しても、トップ・オブ・ザ・トップと呼ばれる、すごい方々がいます。昔も今もそれは変わりません。
――そうか、いるんですね。
細田すべてにおいて海外の方が進んでいるということは、ないです。日本の方が上のこともあるし、海外の方が先を行っているというものもあります。でもその中で、生産でいうと、馬の見立てや、独特の読みをされる方が、一定数存在していて、そういう方と話をすることで、新たな知識と大きな刺激をもらっているというのは間違いなくありますね。
――競走馬のレベルという意味でも?
細田そこはまた、難しい問題で。日本の競馬は、芝の2000mから2400mに一番のステータスがあって、種馬も、調教も、そこを基準に考えられているというところがあるじゃないですか。
――確かに、そうですね。
細田でも、アメリカでは、ダートの2000がメインで、そこを目標に馬を作ってきている。同じ2000でも、まるで違うものなので、どっちの国の馬のレベルが上なのかと訊かれても、答えようがないというのは本当のところです。
――そうか。僕なんかは、オルフェーヴルが、凱旋門賞で2着したときに、もうこれで、ヨーロッパでも、アメリカでも、互角に戦える。勝つのは時間の問題だろう……くらいに思っていたんですが、そんな簡単なものじゃないんですね(苦笑)。
細田日本馬のレベルは間違いなく上がっています。ドバイの結果を見ていただけるとわかるように、お互いにアウェーで戦ったら、互角です。
――ということは、日本馬がホームで戦ったら、負けない?
細田昔は、天皇賞の結果すら知らなかったのに、いまは、みんながレース映像をチェックしていますから。イクイノックスが勝った昨年の天皇賞(秋)の調教映像を見たアメリカのトレーナーが、「なんだ、この馬は?」と驚愕したという話も聞きましたし、芝の違いも含めて、外国馬がジャパンカップを敬遠するのは、日本に行っても勝てないというのが大きな理由で。だったら、香港に行こうと(笑)。
フォーエバーヤングが
ケンタッキーダービーで与えた衝撃は
アメリカ中を驚愕させました
――その逆に、アメリカのホームではやっぱり、アメリカの馬が強いんでしょうね。
細田そこは、“強い”じゃなくて、“強かった”です。
――どういうことでしょう?
細田30年以上ブリーダーズカップを見ていますが、21年にオルフェーヴル産駒のマルシュロレーヌが、日本馬としては、はじめてアメリカのダートGIディスタフ(3歳上・牝馬GI・ダート1800m)を勝ったレースは衝撃でした。
――日本馬もやるじゃないかと!?
細田アメリカの関係者も驚いたと思います。ただ、中には、ブリーダーズカップは西海岸だからという人もいて。「“アメリカ競馬の聖地”チャーチルダウンズで行われる、ダート2000のケンタッキーダービーじゃ、そうはいかない」と嘯く人がたくさんいましたが、それが今年――。
――フォーエバーヤングが、ハナ、ハナの3着。あわやのシーンを見せてくれました。
細田アメリカのホースマンなら、誰もが勝ちたいと思うあのレースで、負けたとはいえ、あれだけの勝負をしたわけですから、その衝撃は計り知れないほど大きかったと思います。日本馬のレベル、輸送の技術……すべてにおいて、これまで以上に、日本の競馬を強く意識するようになると思います。
――僕もレースを見ていて、一瞬、勝ったと思いましたからね。
細田アメリカで主戦を張って来た馬と互角以上に戦って、僅差まで詰め寄ったわけですから、これ以上ないインパクトを残したのは間違いありません。
――アメリカ競馬の歴史を変える?
細田例えが適切かどうかわかりませんが、アメリカ競馬を席巻し、産駒にガンランナーなどを輩出し、世界的種牡馬となったキャンディライドは、アルゼンチンで生まれた馬です。大袈裟かもしれないですが、それを考えると、アメリカ本来の血統ではなく、違う国の馬の血統が世界の主軸となる可能性は、ゼロではないと思います。
――それが、日本馬かもしれない?
細田私は、そう思っていますし、そうなることを願っています。
(構成:工藤 晋)
細田 直裕 ほそだ・なおひろ:
1967年生まれ 慶應義塾大学卒業後、某百貨店勤務を経て1992年社台コーポレーション(旧社台ファーム)入社。
入社以来、社台グループの海外担当として、主に種牡馬や繁殖牝馬の仕入れ買付輸送等を一手に担う。
キャプテン渡辺:1975年10月生まれ。お笑い芸人。競馬、競輪、パチンコ、パチスロは趣味の域を超えていまや生活の一部に。特技は関節技。現在テレビ東京系列で放送中の『ウイニング競馬』にレギュラー出演中。YouTubeで競馬予想更新中。