ゲスト 福永 祐一 騎手
02. 馬に対して誠実であること――。その一点に関しては、ジョッキーも、調教師も同じです。
40年、50年前に、父は、今の僕がやっていることを実践していた
――今、このタイミングだからこそ、今、現在の福永騎手に、どうしても、ひとつお訊きしたいことがありまして。
福永どうぞ、なんでも聞いてください。
騎手人生を振り返って…というのは、現役を終えてからきちんと自分の中で整理した上で話をしたいので勘弁ですが、それ以外でしたら、きちんとお答えします。
――お父様……“天才”と謳われた洋一騎手の凄さは、どこにあったと思われます?
福永周りの人が理解できないことを、きちんと理論づけできないことを、父一人だけが理解していて、それを実践していたということなんだろうと思います。
――待って、ください。それってどういう?
福永僕の推測でしかないんですけど、父の中では、あーやって、こーすれば、こーなるという方程式があったんだと思うんです。
実際に動作解析をしてくれているコーチに、当時の父の動作を解析してもらったことがあるんですけど、今の自分が取り組んでいる騎乗技術を、当時の父はやっていたんだろうという結論に達しましたから。
――マジ…ですか?
福永はい。当然、騎乗技術というは成熟していくものなので、当時、父がやっていたことを今やっても、それほど傑出した成績は収められないと思いますが、問題はそこじゃなくて――。
――どこでしょう?
福永今は、騎手や馬の動作解析をして、ジョッキーの動きはこうあるべきだというのが、きちんと論理的に解析できますけど、40年も50年も前の、騎乗論さえなかった時代に、なぜ父がそういう騎乗方法ができたんだろうということで。
――答えは、見つかりましたか?
福永ジョッキーの感覚のみに委ねられていた時代にそれができたということは、父の感覚が突出していたとしか思えないんですよ。だからこそ、他の人よりも優れた成果を出すことができたんだと思います。
――福永祐一騎手といえば、理論派…考えに考え抜いて騎乗し、結果を残していくタイプのジョッキーというイメージがあって、お父様も同じタイプの騎手なんだろうと勝手に想像していたのですが。
福永そこがね、謎なんです(笑)。
父は長嶋茂雄さんに近い感じだったという話をよく聞くんですけど、同時に、口下手だったという方もたくさんいて。ところが母に聞くと、父は家にいるときは、とても饒舌だったって言うんです。
大切なのは、馬の能力を引き出すこと
――二面性を持っていたと!?
福永口下手を装っていた…と言う可能性もありますよね。はぐらかすことで、説明しないことで、周りは、“やっぱり天才だ!”と思ってくれることってあるじゃないですか。最初からじゃないにしても、どこかの時点で、きちんと理論立てて説明しない方がいいのかもしれないと思った可能性だってあるし。
――それが真実だとしたら、それこそ、“天才”です。
福永僕は感覚でできるタイプの騎手ではなかったので、きちんと理論づけをして、それに則ってやっていくしかなかったですからね。感覚だけで、何もかもできればそれが一番いいし、第一希望はそれです。
――でも、いつ頃から理論づけするようになったんですか?
福永感覚だけで勝負できるほどの才能がないと気づいたのは、デビューしてすぐです。思うように勝てないとか、思うように乗れないとか、厳しい現実に直面して。自分には、“天才”と呼ばれた父のような才能はない。だったら、自分が持っている能力の中で最善の方法を見つけなきゃいけないという方向にシフトチェンジしていった感じです。
――具体的には、どういうことですか?
福永馬を速く走らせる能力……そこには、バランスだったり、体の使い方だったり、多分にセンスが影響する部分があるんですけど、でも、それだけじゃなくて。戦術的なことだったり、勝つためには必要なポジションが取れているかとか、芝が荒れてきたときに、どのコースを選択すればいいのかとか、いろんな要素があって。純粋に馬を動かす以外のところの能力を高めて勝負していかないといけないって気づいたのは、ほんと、デビューしてすぐのころです。
――馬乗りの能力より、そっちの方が重要…ということですか?
福永いや、馬を速く走らせるためには、すべてが必要です。要は、人には向き、不向きというのがあって。自分がデビューしたときは、馬に乗る技術とか、そういったものの基礎技術は他のジョッキーより劣っていたし、感覚だけでは勝負できる騎手ではなかったので、そこは一旦、後回しにして。で、30歳を超えてから、もう一度、馬をコントロールするという基礎からやり直して、そこからさらに、専属コーチにお願いして、強化していったという感じです。
――祐一騎手のように、そうやって努力を重ねていけば、他の騎手たちも、馬の能力を引き上げることができる?
福永馬の能力が高まることはないです。高まったように見えたとすれば、それまでがマイナスだったというだけです。
10ある能力をそれまで2か3しか出せていなかった馬の力を全部引き出すことができれば、能力が7高まったように見えますけど、実際はマイナスだったものを引き上げたということですから。
上手い騎手が乗ると馬が走るって、よく言うじゃないですか。あれはそういうことだと思います。
騎手・福永祐一から、調教師・福永祐一に伝えたい思いとは?
――祐一騎手が乗ると、馬の出遅れがない…と言われているのにも、理由がある?
福永上手くスタートを切るコツを教えてくださいと聞かれたら、ありませんという答えしかないです。そうじゃなくて、スタートが遅い馬にも、一頭、一頭それぞれの理由があって。それを改善してあげることで、いいスタートが切れるようになるんです。
――そうやって実績を積み上げてきたんですね。
福永ひとつ、ひとつの結果が、オーナーや調教師からの評価になるし、それが騎乗依頼にもつながっていくので、ほかの騎手が結果を出せていない馬に乗って結果を出すというのは、騎手にとっては必要なことだと思います。
――ということは、もしかしたら、祐一騎手が乗ったら、どんな馬でも速く走らせることができるとか?
福永そんなわけないじゃないですか(笑)。
気性が激しく抑えが効かない馬だったり、逆にズブくて、スタートから押していかないと本気を出さないというタイプの馬は僕には向かない。それがわかっているから、あえて、その引き出しを作ろうとは思わないし、依頼がきても、“この馬は僕じゃないと思います”と言ったりしますから。
――サラッと言いましたけど、それってすごいことですよね。
福永自分が乗っても勝てないと思う馬に乗るのは、馬に対しても失礼だし、申し訳ないですから。
自分では結果が出せない。でも、ほかの騎手が乗ったら勝つ可能性はある――。
少しでも可能性があるのならそっちの方がいいですから。ただ、同時に、勝負師として正しくないというのもあって…それが今回、ジョッキーをやめてもいいと思った理由のひとつにはなっています。
――騎手・福永祐一から、調教師・福永祐一に伝えたいこと、伝えたい思いはありますか。
福永騎手をやめてもいいと思ったときの気持ち…人間のエゴだったり、欲だったりを優先して、馬が犠牲になるようなことはだけは絶対にしない――。
そう決めたときの気持ちを絶対に見失わないでほしいということです。たとえすぐに結果が出なくても、それだけは忘れるなと言いたいですね。
――もしも、それを忘れたら?
福永そのときは、さっさと調教師をやめろ! ですね(笑)。
――最後に、後を託す後輩ジョッキーに一言、お願いします。
福永何を持って成功というのかは、人によって違うと思いますけど、僕がここまでやってこられた1番の理由は、助けてくれる人がたくさんいたということです。どんなときでも応援してくれて、助けてくれた。後輩たちには、そうやって自分を応援してくれる人を増やしていってほしいと思います。
頑張っているのはみんな同じで。この世界で生きていて、努力していない騎手はひとりもいない。その中で、ひとりでも多くの人に応援してもらうためには、何をすればいいのか。応援してもらう人間になるためにはどうすればいいのか。そこも考えてほしいなと思います。
――秘訣は?
福永ないです…というか、みんな違うので。ひとり、ひとりが考えて、答えを見つけてほしい。
僕の場合は、人との出会いがなければ成長もなかった。それだけは、はっきりと言えます。人との縁を大切に、馬との縁を大切に、馬に対して誠実なジョッキーでいてほしいなと思っています。
(構成:工藤 晋)
ふくなが・ゆういち:
1976年12月9日生まれ 滋賀県出身
父は“天才ジョッキー”と称された福永洋一。
競馬学校12期生として卒業し、1996年にデビュー。
コントレイルでの三冠制覇をはじめ、GⅠ勝利数は45。
2011年、2013年には全国リーディングを獲得している。
キャプテン渡辺:1975年10月生まれ。お笑い芸人。競馬、競輪、パチンコ、パチスロは趣味の域を超えていまや生活の一部に。特技は関節技。現在テレビ東京系列で放送中の『ウイニング競馬』にレギュラー出演中。YouTubeで競馬予想更新中。