ゲスト 佐藤 伝二 さん、佐藤 万寿雄 さん
03. 表彰台に上がって、国歌を聴きながら日の丸を見上げたときは、もう、涙が止まりませんでした。
生後7時間の仔馬に一目惚れ?
――関わられた馬が多すぎて、どの馬のことをお聞きすればいいのか正直、困っちゃうんですが(苦笑)、伝二さんの中で特に印象に残っている馬と言ったら?
伝二ダービーを勝ったクライムカイザー、日本馬で初めてジャパンカップを制したカツラギエース……大井のハツシバオーとアブクマポーロも深く印象に残っていますし、ダイシンオレンジ、ファストタテヤマ……。
――ファストタテヤマも、そうなんですか? 02年の菊花賞で、10番人気ヒシミラクルの1着でみんながひっくり返り、ハナ差2着が16人気のファストタテヤマで、もう一度、みんなひっくり返ったという、あのファストタテヤマですよね?
万寿雄間違いありません。みんなと一緒にキャプテンさんもひっくり返った、そのファストタテヤマです(笑)。
伝二ダンスインザダークの仔で、自分の目にはすごくよく見えたんだけど、ちっちゃいということで、みんなに断られて。最後、「佐藤さんがいいと思う馬を一頭頼むよ」と言う関西の安田伊佐夫先生に、「この馬で、どうですか?」と推薦したのが、ファストタテヤマだったんですよね。
万寿雄生涯成績55戦6勝。重賞だけで、40回以上走っているんですから、まさに、“無事是名馬”地で行くような馬でした。
――なんだか、ワクワク、ズキズキしてきました。もっと、教えてください。
万寿雄生後7時間の仔馬を見て、親父が一目惚れしちゃったというのが、マルゼンスキー産駒のレオダーバンです。
――へっ!? 7時間? 7ヶ月の間違いじゃなくて?
伝二たまたま、牧場に行ったら、「さっき生まれたばかりの仔がいるんだけど、見ていくか?」というので、「見たい、見たい」と返事をして。ようやく自分の脚で立って、よろけながらこっちに向かって歩いて来るのを見た瞬間、「この馬、オレに譲ってくれ」と言っていたんですよ。
――理由は……ない?
伝二後付けでいいなら、いくらでも挙げられるんですけ……でも、正直にいうと、理由はないです。ただの直感です。ビビッと来るものがあったとしか言いようがないです。
490万ドル? いいよ、伝ちゃん、買っちゃえよ!
――もっと、もっと、お聞きしたいんですが、全部、聞くとなると3日徹夜しても終わりそうにないので、佐藤伝二さんといえば、この馬! サンタアニタダービー、ベルモントステークス、ブリーダーズカップ・クラシックを制覇し、アメリカ競馬殿堂入りを果たしたエーピーインディの話を伺わないわけにはいきません。
万寿雄以前から、アメリカの競馬とセールに魅力を感じていらしたオーナーの鶴巻智徳さんと父は、同じ福島出身ということで交流があり、バレッツトレーニングセールで購入したエーピーグランプリが父の初めての海外購入でした。このご縁がゴールデンコンビ誕生、というわけです。その後、キーンランド・ジュライセールで手に入れた外国産馬がリンドシェーバーでした。
伝二鶴巻さんは、デルマークラブという会社を立ち上げるくらい、アメリカ西海岸にあるデルマー競馬場に魅せられていて。「伝ちゃんの好きな馬を買って来ていいから」と自分に声をかけてくださったときは、本当に嬉しかったですね。
――朝日杯3歳ステークスで、マルゼンスキーのレコードを破っての優勝は衝撃でした。
伝二走るとは思っていたし、自信を持って日本に連れて帰って来たんでけど、それでも、自分らの世代の人間にとっては、マルゼンスキーの記録を抜くなんていうのは、まるで夢を見ているようでした。
万寿雄リンドシェーバーが89年のキーンランド・ジュライセール、その翌年、90年のキーンランド・ジュライセールで、父の目に止まったのが、エーピーインディです。
――このときも、「伝二さんの好きなのでいいから」という、太っ腹な指示だったんですか。
伝二そうです。ただし、今度は1頭じゃなく、2頭頼むと。自分と、鶴巻さんと親交のあったニール・ドライスディール調教師、世界のトップバイヤー、オケラハンと、3人で相談して、2頭購入して欲しいという依頼でした。
万寿雄父が推したのが、エーピーインディで、ニール調教師とオケラハンが推したのがエーピージェット。購入金額は、2頭で、490万ドルです。
――490万ドル? さらりと言いましたけど、簡単に出せる金額じゃないですよね。
伝二鶴巻さんも、そこまでの金額は想定していなかったと思います。予想金額を聞いた後、しばらく、いいとも、ダメだとも言わないまま、話を続けて、最後にこう言ったんです。
「アメリカには歩いていったわけじゃないし、自転車で行ったわけでもない。わざわざ飛行機で行ったんだからさ、伝ちゃん、いいよ、買っちゃえよ」と。
――すげぇ! カッコいい!! 僕、いま、それを聞いた瞬間、鳥肌が立ちました。
伝二ですよね。購入した後、ソフトクリームを食べながら、やっぱり、ちょっと高すぎたかなぁと、反省しました。(笑)
万寿雄話には続きがあって。インディの生産者という人が、初代ブッシュ大統領の友人で、大統領から、「友人の馬を最高額で買ってくれて有難う」というメッセージが、人を介して、鶴巻さんの元に届けられたそうなんです。
――アメリカ合衆国第41代大統領のパパブッシュからのメッセージが……届いた!? マジですか?
伝二鶴巻さんは大喜びで、「伝ちゃん、有難う。もう、これだけで十分だ。これで、もう、未勝利で終わってもいいよ」と言っていましたけどね、こっちは、そういうわけにはいかないですから。走ってくれなきゃ困ると、内心、ヒヤヒヤしていました。
すべての馬、すべての人に、感謝!
――11戦8勝。そのうち、GⅠタイトルが、4つ。エクリプス賞年度代表馬に選出され、2000年には殿堂入り。種牡馬としても大成功をおさめ、その血は今でも、脈々と受け継がれていますが、“1番の思い出は?”と訊かれたら、どれになりますか。
伝二そうですねぇ……BCクラシックを勝った夜、行きの飛行機内で貰ったドライ納豆をつまみに、朝まで、鶴巻さんと2人、ブランデーを飲みながら語り合ったのも忘れることができないですし、サンタアニタダービーを勝ったとき、「伝ちゃんが気に入って買った馬なんだから伝ちゃんが表彰台に上がりな!」と言ってくださって。
万寿雄親父が、表彰台に上がったんですよ。
――嘘だぁ!? 本当に?
伝二はい。自分が上がらせていただきました。「君が代」が流れる中、日の丸が掲げられて……。もう、涙が止まらなくなって……。あのときほど、国旗が、国歌が尊いものだと感じたことはなかったです。
――日本でも見たかったですねぇ、エーピーインディの走りを。
万寿雄日本のダート競走を引退レースに、という声も出ていたみたいですけど……。
伝二鶴巻さんが、強くそれを望んでいたんですが、自分は反対でした。BCクラシックを勝って頂点に立ったエーピーインディは、もう、負けちゃいけない馬になっていたんです。最後は鶴巻さんも理解してくれて、「わかったよ」と、「引退して、種馬にしよう」と言ってくれたんです。
――もしもや、たられば、は、ないですけど、もしも、出ていたらどうなっていたんでしょうね。
伝二こればっかりは走ってみないとわからないですけど、アメリカと日本は、同じダートと言ってもかなり違うので、万が一、負けでもしたら、鶴巻さんにも、エーピーインディにも申し訳ないことなるので、引退させてよかったと思っています。
――ネイティブダンサー系や、ノーザンダンサー系と同じように、エーピーインディ系と呼ばれる名馬ですからね、いやぁ、本当にすごいです。
伝二キャプテンさんにそう言っていただけると嬉しいです。自分は本当に幸せ者ですし、これまで関わって来てくださったすべての方に感謝の気持ちでいっぱいです。
――もう、これ以上ないというほど幸せなホースマン人生だと思いますが、最後に、これからの夢を教えてください。
万寿雄親父に追いつくのは大変すぎますが(苦笑)、少しでも近づけるように精進していきたいと思います。
伝二そうですねぇ……日本競馬のレベルが高くて、いまは1つのGⅠを取るのだけでも大変なことですが、できるなら、まだ手にしていないGⅠのタイトルを取ってみたいとも思いますし、もう一度、日本ダービーにも勝ちたいし、エーピーインディで唯一残った宿題と言っていいのかな、ケンタッキーダービーにも勝ちたいし……欲はいっぱいあります。ありますけど、一番は、1つ勝って、オーナーやご家族の皆さんに喜んでいただけるような馬を探すことです。その馬が、後に、重賞レースを勝ってくれたら、それ以上、嬉しいことはないですね。
(構成:工藤 晋)
佐藤 伝二 さとう・でんじ:
エーピーインディ、カツラギエースなど、数多くの名馬を見出した馬喰。現在は馬主。
佐藤 万寿雄 さとう・ますお:
父・伝二より引き継ぎ、福島県田村市で有限会社 佐藤牧場を経営。
キャプテン渡辺:1975年10月生まれ。お笑い芸人。競馬、競輪、パチンコ、パチスロは趣味の域を超えていまや生活の一部に。特技は関節技。現在テレビ東京系列で放送中の『ウイニング競馬』にレギュラー出演中。YouTubeで競馬予想更新中。