きょうの蹄音競馬にまつわるちょっといい話

2015.4.18

中山大障害と中山競馬場の歴史

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牡馬クラシック第一弾皐月賞を前に、土曜中山競馬場では障害レースの春の祭典「中山グランドジャンプ」が行われます。かつて「中山大障害(春)」の名称で行われていたレースです。障害レースの改革元年となった1999年に「中山グランドジャンプ」としてリニューアル。今年で17回目になります。
レースの前身である「中山大障害」は創設1934年と古く、当時中山倶楽部理事長だった肥田金一郎氏が「東京優駿大競争」に刺激を受け対抗するレースとして新設したのが始まりです。肥田氏はスタートしたばかりの新中山競馬場で看板となるレースを検討。起伏と変化に富んだこの中山の地に着目し、コース造設に必要な土地を買収交渉の末、地形を存分に活かした新しい障害コースを完成させます。他の障害競走とは一線を画した中山大障害競走は、画期的、衝撃的なレースで、一躍ファンの間に一世を風靡しました。

中山大障害は大成功によって歴史をスタートさせますが、それ以前の中山競馬場というと、木造スタンドは貧弱、名ばかりの厩舎がならび出走馬の多くは近くの農家の厩を利用、あるいは厳しい経営状況で苦難のさなかにありました。
明治時代にスタートした松戸競馬は、大正時代に入り中山町へと移転。その後、大正12年に新たな競馬場として中山海岸へと移設が決定するも同年9月に関東大震災が発生し開催は中止となります。その混乱の最中に大正15年に肥田氏が中山競馬倶楽部の常務理事に就任し、中山競馬場の再建へ乗り出します。これが現在の中山競馬場を形作る新たな歴史のスタートとなりました。

その中山競馬場の礎を築いた肥田氏の銅像が中山競馬場の正門横にあります。新生中山競馬場誕生からおよそ80年の歳月が流れ、今年も肥田氏の銅像に中山グランドジャンプのファンファーレが流れる日が訪れました。