きょうの蹄音 競馬にまつわるちょっといい話

人事を尽くして天命を待つ?

10月8日は、 宮田 敬介 調教師の誕生日です。誕生日おめでとうございます!
ようこそいらっしゃいませ。

「水を得た魚」と言えば良いのでしょうか?記念すべき第100回を迎えた凱旋門賞は、今年も重馬場に祟(たた)られ、有力各馬が四脚にまとわりつくようなコンディションに苦しめられる中、ただ1頭トルカータータッソだけが自由自在に直線を駆け抜けて宙を舞うようにゴールに飛び込みました。ロンシャン競馬場の特別チームが、長い時間をかけて精根傾けた馬場整備も見た目には効能新たかとは行かなかったようです。当日まで数カ月にも渡って仮り柵で保護されて来た直線のオープンストレッチも、有力馬がそこへ殺到したように多少とも良い状態を保全していたのでしょうが、その外を通ったトルカータータッソの脚色が群を抜いて鮮やかで、オープンストレッチ効果の印象を薄めてしまったようです。

競馬というのは実に難しいものです。“人事を尽くして天命を待つ”心境に至っても、なお想像もできなかったような過酷な天命が控えているからです。道悪不得手のラヴが直前に取り消して、馬場悪化による一頭一頭の能力格差がそこまで表出するとは思えなかったのですが、コツコツと積み上げて来た人間の努力を無に帰するような結果が待っていたというのは、残酷と言えば余りに残酷です。数年前、これも秋の長雨による馬場悪化に苦しめられていたアスコット競馬場が、馬場保護のドーム設置を真面目に議論したことがありました。ロンシャンやアスコットの馬場整備に携わる皆さんが、人間のできることは全部やっても、なお天の気まぐれに歯が立たないとなると、野球やサッカーなどと同じように、全天候不問のドーム競馬場に頼るしかないのでしょうか?

しかし、そうした人間の営みがトルカータータッソのような世にも稀な才能の発現をかき消してしまう結果になるのも寂しい気がします。ドーム競馬場になれば芝の育成や養生・保全などにも人工的なテクノロジーが導入されるのでしょうが、それが競馬本来のあり方とは、かけ離れた方向を指す不安も否定できません。自然をできるだけそのまま受け入れた環境の中で、お日さまの恵みをいただきながら楽しむのが競馬、という牧歌的な憧れも捨て切れません。慌てず、急がず、長い時間を費やして議論を深めていけると良いのですが。

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