きょうの蹄音 競馬にまつわるちょっといい話

中山を彩った名馬たち【14】エイシンプレストン
2000年4月8日 第18回ニュージーランドトロフィー

はじまりは、1971年にニュージランドのベイオブプレンティレーシングクラブよりカップの寄贈を受けたことに伴って行われた交換競走だった。レース名は、ベイオブプレンティレーシングクラブ賞グリーンステークス――これがニュージーランドトロフィーの前身だ。
東京競馬場で施行された第1回の優勝馬はアップセッター。その後、“芦毛の怪物”オグリキャップ(第6回)。藤澤和雄調教師にはじめて重賞をプレゼントしたシンコウラブリイ(第10回)。日本調教馬として初めてヨーロッパのGI モーリス・ド・ゲスト賞を制したシーキングザパール(第15回)。凱旋門賞2着馬のエルコンドルパサー(第16回)など、名だたる名馬がその歴史に名を連ねている。
そして――――。
東京から中山に舞台が移った2000年4月8日の第18回大会で優勝したのが、アメリカで生産され、日本で調教された外国産馬、エイシンプレストンだった。

デビュー2戦目で初勝利。中山初見参となった3戦目、GI朝日杯3歳ステークスでは中段から豪快な差し脚を見せ、ファンの度肝を抜くとともに、この年のJRA賞最優秀3歳牡馬を受賞している。このエイシンプレストンが再び中山後に降り立ったのが、デビュー6戦目となるこのレース(当時のレース名は、ニュージーランドトロフィー4歳ステークス)だった。
手綱を取るのは、この後のレースも含めすべてのレースでコンビを組んだ福永祐一。7枠12番からふわりとスタートを切った圧倒的な1番人気馬エイシンプレストンは、いつもと同じ、後方で脚を貯め、じっとその時が来るのを待っていた。
「さぁ、そろそろ、いこうか」
最後の直線――。
福永祐一のそんなつぶやきを待っていたかのように、エイシンプレストンのエンジンが点火する。
彼が中山で挙げた勝利は、このレースが最後となってしまったが、その走りはいまでも色鮮やかにファンの心に残っている。

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