きょうの蹄音競馬にまつわるちょっといい話

2017.2.4

冠競走に刻まれた歴史

ようこそいらっしゃいませ。

今週は東京競馬場でマイル重賞の東京新聞杯、京都競馬場ではきさらぎ賞の2つの重賞レースが組まれています。東京競馬場で行われる東京新聞杯は、中日新聞東京本社発行の日刊紙、東京新聞による冠競走です。冠競走は企業名を冠したレースで、重賞レース以外も含め中央競馬では多くの冠レースが行われています。地方競馬でも企業協賛競走のほか、個人から協賛を得て行う個人協賛競走を行い、誰々の誕生日記念、還暦記念といったレースも行われています。

その冠競走ですが、中央競馬での冠競走の起源はいつからかご存知でしょうか?
発起人は戦後の中山競馬場復興に力を注いだ二代目・中村勝五郎氏の息子である三代目・中村勝五郎氏で、当時まだ社会悪としてみなされていた競馬のイメージ改善を図るために朝日新聞社に社賞の話を持ちかけたのが冠競走の始まりです。余談ですが、戦後間もないころ中山競馬場でレース結果をめぐってファンが激怒。警官も出動する騒ぎとなる中、暴徒化したファンの前で当時当協会会長を務めていた二代目・中村勝五郎が演説し、身を挺して沈静化にあたった話もあります。競馬場ではそのような事件も起こっている時代でした。

そのような時代における競馬のイメージ改善は、三代目・中村勝五郎氏が朝日新聞社へ社賞の提供を持ちかけ実現した冠競走によって第一歩が切り開かれることとなります。そのレースこそ朝日盃3歳ステークス(現・朝日杯フューチュリティステークス)で、1949年3歳馬限定競走として歴史をスタート。朝日新聞が競馬を認めたことにより他の新聞社も冠競走を開催するようになり、以降競馬は大手マスメディアのスポーツ欄にも取り上げられるようになるなど、イメージの改善、大衆化へと向かっていくようになりました。

創設以来、中山競馬場で行われ続けてきた朝日杯フューチュリティステークスは2014年より阪神競馬場へと移設されました。朝日杯フューチュリティステークスの冠にはそのような歴史と経緯があったからこそ中山競馬場での開催でありつづけてほしかったのですが、朝日杯フューチュリティステークスは阪神へ、ラジオNIKKEI杯2歳ステークスはホープフルステークスとして中山競馬場で行われることとなりました。
朝日杯フューチュリティステークスが阪神へ移設されたのは残念でしたが、移設以降も朝日杯フューチュリティステークスの冠に刻まれている歴史と想いは継承しつづけていってほしいと願います。