発走時刻1分前。
調教師。騎手。馬券を買う人。
馬主、実況アナウンサー。
そして、スターター。
様々な人の思惑、
推理、強い念が交差する時間。
当コラムは、
発走時刻1分前にまつわるコラムです。

第32回山田ルイ53世やまだるい53せいさま

お笑い芸人

昨年の12月。
粉雪が舞い散る中、馬に跨り森の小道へと消えていく娘の姿を、
「いってらっしゃーい!」
と妻と一緒に見送った。
もう何度目だろうか。

一発屋如きが生意気だとお叱りを受けそうだが、八ヶ岳のとある乗馬クラブで長女(現在小6)がお世話になっている。
この10年、甲府の放送局で、テレビ・ラジオのレギュラー番組を仰せつかっている筆者。
そんな縁もあって、家族旅行は山梨というのが定番となっており、
「これやってみたい!」
と娘が興味を示したのが小3の夏である。

しばらくはインストラクター氏を伴ってその辺をウロウロするのが精一杯だったが、じきに常足、速足をマスター。
今では馬場を縦横無尽に駆け回り、厩舎では鞍や頭絡の片付けから、古くなった藁の掃除までと、サラブレッドの巨躯相手にも臆する様子は微塵もない。
長女の成長ぶりに、
(親より子育てが上手だな……)
とため息を吐いたのは、ある種の敗北感からである。

おかしな物言いなのは百も承知だが、娘にとっての名伯楽は馬だった。

筆者は中2の夏から不登校となり、そのまま20歳手前までひきこもって暮らした。
早過ぎる隠遁生活を何とか抜け出し、紆余曲折を経て、「ルネッサーンス!」でやっとこさ日の目を見たと思ったら、只今の肩書は「一発屋」。
大半が重馬場だった人生で、乗馬を嗜む余裕などなかったが、競馬場には馴染みがある。

当方一応、貴族キャラ。
「実は馬主で……」
と胸を張りたいところだがそんな甲斐性はない。
競馬チャンネルの収録やレースの合間で催されるお笑いステージにお招きいただくという話である。

勿論、優先的にキャスティングされるのは、集客を見込める売れっ子の皆様だ。

いわば、人気を量るバロメーター。

よって、恥ずかしながら最近はご無沙汰である。
とはいえ、この手のオファーが舞い込むキッカケになったのも、これまた競馬場だった。

芸人にとってのG-1、M-1グランプリ。
ファイナリスト最後の1枠を争う2006年の敗者復活戦、その舞台となった「大井競馬場」である。

当時の筆者は、スーツを着込んでマイク一本で勝負する、正統派漫才の道を諦め、シルクハットを被り、ワイングラスを手にしていた。

コスプレキャラ芸人と化して、早2年が経っていたものの、深夜のネタ番組から声が掛かる程度。
そんな鳴かず飛ばずのコンビが、初めて準決勝まで駒を進めた大会だったのである。
そのまま決勝、とはいかなかったが・・・・・・これが驚くほどウケた。
後に、『爆笑レッドカーペット(フジテレビ)』に出演を果たした際、MCの今田耕司氏の口から飛び出した、
「おっ、M-1の裏チャンピオンが遂に!!」
とのコメントは、お笑いキャリアの中で、数少ない勲章の1つである。
あの寒空の競馬場が、筆者にとっての「出走一分前」だったのは間違いない。

※この記事は 2024年4月12日 に公開されました。


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