発走時刻1分前。
調教師。騎手。馬券を買う人。
馬主、実況アナウンサー。
そして、スターター。
様々な人の思惑、
推理、強い念が交差する時間。
当コラムは、
発走時刻1分前にまつわるコラムです。

第28回田中たなかあゆみさま

アナウンサー

「とにかく無事にゴールしてほしい…」

物心がついた時から今もずっと発走時刻1分前にはその想いしかない自分がいます。

生まれた時から競馬が身近にあった環境で育った私は「無事で」という想いが強いかもしれません。

大学生の時にバレットの職に就き、競馬場で初めてアルバイトをしました。緊迫するレース前の検量室、レース後の喜びに沸く関係者の皆様の声や表情…様々な場面をこの仕事を通して経験させて頂きました。

もちろん父の仕事姿も初めて間近で感じ、当時障害レースにも騎乗していたので発走する前は怖くて怖くてレースを観ることすら出来ませんでした。実況の音がなるべく聞こえない所で耳を塞ぎ、無事が分かってから検量室に戻る…平場のレースでも無茶をする事もあったので不安な気持ちでしかなかったです。

「お馬さんもジョッキーさん達も命を懸けて戦っている…」その想いで見守っている事が精一杯でした。 そんな経験もあってか、幼い頃はレースを観ることがあまり好きではなかった私はこのバレットの仕事を通して、競馬にどんどん魅了されていきました。担当するジョッキーの方々が勝つと嬉しいですし、父のメモリアルにも立ち会う事も出来ました。

今はフリーアナウンサーとして競馬の仕事に携わらせて頂いておりますが、例えば日本馬が海外のビッグレースに参戦する際も、その気持ちは変わりません。日本から空輸を経て慣れない環境での調整、もちろんお水も違います…関わる皆様がそのレースに向けて一生懸命にお馬さんと向き合っている。とにかく無事にスタートを切ってゴールし、帰国して欲しいという想いで一杯です。

少し変わった事と言えば、レースを伝える立場になり、発走前にはまた違った緊張感があるということでしょうか…。

南関東地方競馬中継のキャスターを務めさせて頂いていた6年間は生放送を1人で担当し、アクシデントの際にも対応しなくてはならず、また勝利インタビューを担当する際には、どのお馬さんが勝利するか分からないので、全馬の成績から調整過程、レースの進め方、展開など出来る限りの事を、質問事項を頭の中に張り巡らせ発走時刻1分前を迎えていました。その緊張感も今は少し心地良かったりもしますが、生放送中は沢山の方々の想いを乗せて毎日レースが行われているという事、真摯に伝えるという事を日々心掛けています。

皆様ももし、馬券が外れてしまっても毎日一生懸命に調教をこなしてくれるお馬さん…生産者様や馬主様、跨るジョッキーの方々の想いを頭の片隅に少しでも留めて頂けたらと思います。

私は中山競馬場のパドックからグランプリロードへ向かうお馬さんたちの姿を観るのが大好きです。春は河津桜の花びら…冬は大きなツリーで彩られるその時期にしか味わえない中山の雰囲気を、ぜひ味わって頂きたいと思います。

※この記事は 2024年1月19日 に公開されました。


×