発走時刻1分前。
調教師。騎手。馬券を買う人。
馬主、実況アナウンサー。
そして、スターター。
様々な人の思惑、
推理、強い念が交差する時間。
当コラムは、
発走時刻1分前にまつわるコラムです。

第29回早見はやみ和真かずまささま

作家

 『発走1分前』

 もちろん、すべてのレースでというわけではない。
 週に一度、月に一度も出会えない。
 体感的には季節に一回あればいいという程度だ。
 それでも僕は、これこそが馬券の醍醐味だと思っている。
 何もかもがうまくハマれば一億円獲れてしまう──。
 そんな予感の働くレースに、年に三、四回は巡り会える。

 多くの競馬ファンと同じように、僕は有馬記念が大好きだ。年の瀬特有の哀愁、ターフに長く伸びる影、中山に立ち込める静謐な空気、今年も一年競馬を楽しめたという充足感……。
 それに加え、これもまた多くの競馬ファンと同じだろうが、有馬記念には特別な気持ちが芽生える。今年一年の負け分を、ここで一気に取り戻せる。去年、二〇二三年の有馬記念も、もちろん勝負に打って出た。
 それでも昨年は少し熱量が低かった。イクイノックスの引退も、前触れもなく僕を襲った尿管結石の激痛も理由ではあったが、一番はそれじゃない。有馬記念の直後、クリスマスイブの中山最終レースに訪れてしまったのだ。年に三、四回しかない、あのレースが。

 競馬における「たられば」ほど無意味なものはなく、終わったレースの予想を書くほどのスペースもない。
 ただ、僕はグットディールという11番人気の馬に圧倒的な閃きを感じてしまったし、自分が重要視するいくつかの条件(中山ダート1200は外枠、スポーツ報知の小宮記者と予想が被ったら大勝負など)にも完全に合致していた。
 有馬記念が一年の負け分を精算するレースとするなら、この中山最終は競馬人生のすべてを精算する大レース。相手は大外枠の16番。そこから三頭にのみ流す三連単、計三点。
 税金を納める気も満々だった。僕は勝って終えられることに大いなる喜びを感じていた。大金を抱いて閉じられるのだ。それはもう予感でさえなかったと思う。人生でも類を見ない確信だった。
 二〇二三年一二月二四日。中山競馬場最終レース、フェアウェルステークス。その発走一分前──。
 僕はたしかに走馬灯を見ていた。
 むろん楽しくて仕方のなかった競馬人生の走馬灯だ。

 結果をここに記すのは野暮だろう。とりあえず二つ、思うことを書いておく。
 一つ。あの日の思いを成就させられるコラムのご依頼、本当にありがとうございます。
 二つ。今年もまた競馬を楽しめることを心から嬉しく思っています。
 もちろん、負け惜しみなんかじゃない。
 負け惜しみであろうはずがない。

※この記事は 2024年2月9日 に公開されました。


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