調教師。騎手。馬券を買う人。
馬主、実況アナウンサー。
そして、スターター。
様々な人の思惑、
推理、強い念が交差する時間。
当コラムは、
発走時刻1分前にまつわるコラムです。
第30回大澤 幹朗 さま
「発走時刻1分前。」
私は去年までグリーンチャンネル中央競馬中継のキャスターを18年間務めました。
スタジオで競馬中継を進行する中で最も重要な仕事は、レース直前までを言葉で繋ぎスムーズに実況に振ることと、レース終了直後に今度は実況を受けてレースをまとめることです。この作業を、3場開催なら、前後半のキャスターで18レースずつ繰り返します。
私は以前から、この仕事がラジオのディスクジョッキー(DJ)に似ていると思っていました。
そのレースの見どころや直前のオッズなどの紹介をしてレースのファンファーレを振る作業は、まさにDJの曲紹介。ラジオのDJも、イントロの間に曲の聴きどころや発売日などの情報を入れ、ボーカルのスタートに合わせて曲紹介をしますよね。
そして、この作業をするのが、私たちにとっての「発走時刻1分前」なんです。
馬券の発売が締め切られた「発走時刻1分前」。
買った馬券が当たることを祈るファン。
出資している競走馬が勝つことを祈る一口馬主さん。
巣立っていった競走馬が無事に走ってくれることを祈る牧場関係者・・・。
色んな場所で、色んな立場で、レースを観戦している視聴者の皆さんの期待がファンファーレが鳴る瞬間にピークを迎えるよう、「発走時刻1分前」の言葉を紡いでいました。
え?「キャスターたちは馬券を買ってるの?」って!?
もちろん、買ってます(笑)。
馬券を買えば、ファンの皆さんの気持ちをより理解できるかもしれませんし、お金がかかってる分、レースへの興味や集中力も倍増します。だって人間だもの(笑)。
かと言って、自分が買った馬をカメラの前で応援するわけには当然いかないので、想いは心の中に秘めながら進行するわけです。もしかしたら、少々想いが漏れ出てしまって、視聴者の方に悟られてしまったこともあったかもしれませんが・・・。それはご愛嬌ということで、ご勘弁ください(笑)。
そして、「発走時刻1分前」に考えていることがもう一つ。
それは、レース直後のシミュレーションです。
大方の予想通りの結果、大波乱の意外な結果、当てられそうで当てづらい結果・・・。
ケガを克服した馬、条件を変えて挑んできた馬、惜敗が続いていた馬、大きく調子を上げてきた馬・・・。
定年間近の調教師、引退が決まっている騎手、大きなケガから復帰した騎手、初勝利の新人・・・。
話題の新種牡馬の産駒、有名馬の兄弟姉妹、マイナー種牡馬の初勝利、九州産馬・・・。
観戦した全ての視聴者にそれぞれのドラマがあり、出走する全ての馬や関係者にそれぞれのドラマがあるのが競馬です。そんな皆さんの気持ちに少しでも寄り添い、勝利の喜びやレースの感動を皆さんと共有できるように、心がけていました。
もちろん、ごくまれに事故などが起こるのも競馬です。そんなときも、無事を祈りながら冷静に進行しなければなりません。
「発走時刻1分前」。
私にとって、それは、「ゴール直後の1分間」にしっかりと着地をするための大切な助走の時間なのです。
※この記事は 2024年3月1日 に公開されました。