調教師。騎手。馬券を買う人。
馬主、実況アナウンサー。
そして、スターター。
様々な人の思惑、
推理、強い念が交差する時間。
当コラムは、
発走時刻1分前にまつわるコラムです。
第20回小川 真由美 さま
「学校の先生ですか?」ネイルサロンで聞かれたことがあります。 「手に赤ペンが。」あ。これは競馬の予想で・・・という言葉は飲み込み、「そんな風に見えますか?」ゆったりと微笑みだけ返しておきました。
私の手には大抵何かしらのペンのインクが付いています。競馬新聞は赤だけではなく蛍光ペンで色分けしながら分析します。担当する仕事は他に野球も株式市場も、中継に使う資料は生放送中、瞬時に識別できるようにマーカーで色分け。赤のサインペンや4色ボールペンはもちろんのこと、常に8色以上の蛍光ペンを駆使して仕事の準備をしています。
例えば、企業秘密の(笑)ほんの一部ですが、馬名はレーシングプログラムの英語表記を見て、まずは区切るべきラインに斜線を入れ、声に出して下読みをします。スムーズに発音できなかった部分や自分の苦手な音、例えばサ行が続くところなどには緑のマーカー。強調すべきところはピンクのマーカー。後で調べたいところには黄色のマーカーなど。この事前作業をしておくと、本番では注意点や苦手箇所を目が先に捉え、落ち着いて声で表現することができます。ニュース読みやナレーションなどあらゆる原稿でも同じ作業。長年沁みついたルーティンです。
サインペンを駆使してあらゆる準備を終えたら、あとは思う存分本番に全力投球。ゲストや解説者のお話を存分に引き出すべく耳を傾けます。
2003年から10年間出演したグリーンチャンネルでは『中央競馬中継』日曜の午前・午後、パドックなどを担当しましたが、特に現場の熱い空気感が味わえるパドック中継が大好きでした。 スタジオの面々とクロストークしながら進行。 マーカーで色付けした資料を手元に馬名や馬体重の増減を紹介しながら一頭ずつコメントを頂き、最後は推奨馬のまとめ。 地下馬道へと消えていく馬の姿を見送りながらコーナーを締めてスタジオに返し、さぁ!ここからは時間との勝負です。 あらかじめの自分の予想に解説者の予想を加えたマークシートを握り締め、馬券売り場にダッシュ!魔法の馬券を握ってパドックの自席に走り戻ります。
発走時刻1分前。
自分の考え抜いた予想にプロの予想が加わった魔法の馬券。ふふふふふ。 パドックに現れた次のレースの馬たちを目の端で捉え、中継準備をしながら自分の背中側、建物正面で展開されるレースに全神経を集中させます。
さて、人は“したこと”よりも“されたこと”をよく覚えていると言いますが、不思議と今思い出されるのも後者です。以下、海のように広い心でお読みください。
抜群の気配って言うから加えたのにっ! 今日は今ひとつって言ったから切ったのにっ! ・・・ぐらいまでは、まぁちょっとプンスカしても大目に見てね、にしても、
前のレースで予想に乗って外れたから、今度は乗らなかったら的中した! なんでもっと推してくれなかった! 買えば良かった!
こうなるともう、人のせいにするのもたいがいにしなさいよの世界で、しまいには隣の解説者に背を向けて言葉少なになったりして。(こらっ!) 馬券と投資は自己責任で。他人様のせいにしてはいけません。 ちなみにですが、馬がくれたご縁でいまだに親しくおつき合いさせて頂いている記者の皆さんも多いのでご心配なく。
そんな風にしてパドックにいる時間がとても長かったせいかな、相変わらず私はパドックが大好きです。人も馬も個性的なタイプに惹かれがちですが、横の記憶よりも縦の記憶を大切に。彼ら彼女らの常の状態を記憶して、走った時の特徴、走らなかった時の特徴、自分なりの記憶のアーカイブを作って競馬を楽しんでいます。
私の手は今日もインクまみれです。
※この記事は 2023年8月4日 に公開されました。