きょうの蹄音競馬にまつわるちょっといい話

2017.1.27

オグリキャップ「最期の」引退式

ようこそいらっしゃいませ。

本日、1月27日は、日の丸……日章旗の国旗制定記念日(1870年)。太政大臣に任じられた羽柴秀吉が、豊臣姓を名乗るようになった日(1587年)であり、戊辰戦争で、鳥羽・伏見の戦いが行われた日(1868年)。一昨日、稀勢の里が、19年ぶりの日本人出身の横綱となり、大きな話題となっていますが、24年前の今日は、曙が外国人力士としてはじめて横綱に昇進した日(1993年)として、新聞、テレビを賑わせていました。

いや、でも、どれもこれも競馬には関係ないしーーと、いま、画面を見ながらつぶやいた方に。1月27日は40歳を超えるホースマンにとっても忘れることのできない一日…あの、オグリキャップ、最後の引退式が行われた日です。

笠松からやってきた叩き上げの怪物。
時代を巻き込んだ第ニ次競馬ブームの紛うことなき主役。
怯むことも、諦めることもない不屈の精神力……。

はじめてコンビを組むことになった安田記念(1990年)の追い切り。栗東トレーニングセンターには、数えきれないほどのマスコミが押し寄せ、あの武豊騎手をして、「だれか、とんでもないスターが来ているのかと思った」と言わせるほどの人気ぶり。17万7779人が詰めかけた『奇跡のラストラン』第33回有馬記念で響いた歓声は、「わーっ!」でも「おー!」でも「きゃ〜!」でもない。「ウオォォォォォォーッ!!!!!」という地鳴りのような声、声、声。スタンドでは、40歳を、50歳を超えたおじさんたちが、ぼろぼろと涙をこぼしながら泣いていました。

なぜオグリキャップは勝てたのか!?
「オグリだったから。そうとしか言いようがないですね」
武豊騎手の言葉が、すべてを言い表しているのかもしれません。オグリキャップは、それほど派手なドラマが似合う馬でした。

そのオグリキャップ、最後の引退式が東京競馬場で行われたのが本日、1月27日です。
敢えて「最期の」と記したのは、その前に、京都(1月13日)、笠松(15日)でも行われていたからです。3度の引退式……これも、いかに数多くのファンに愛されていたかの証です。