海外だより

復活の香港

南半球では秋シーズン真っ盛りの今週は、香港のシャティン競馬場で「チャンピオンズデー」が開催されます。当地では春季にあたる歳末の「香港国際競走デー」と並び立つ最高峰レースです。賞金の高いことでは日本が有名ですが、香港も1レースあたりの賞金額では世界一ですから負けていません。今回のメイン・G1クイーンエリザベス2世カップの優勝賞金は約3億円、日本最高のジャパンC&有馬記念に遜色のないレベルに達しています。しかし香港競馬の魅力は、これだけではないようです。高額賞金以外にも種々ありますが、イギリス領だった歴史が長いことから、欧州人には言葉や生活習慣などで違和感がありません。シーズンオフに香港への長期遠征を好む理由の一つです。さらに香港は、いわゆる〝基幹距離〟に忠実な番組編成を遵守しているのも安心できるようです。短距離の1200m、1600mのマイル戦、中距離2000m、長距離2400mの4種類が不動の中心的存在で、まったくブレがありません。馬も人も、走り慣れて迷いがありません。ここでは海外馬が故国にいるのと変わりなく走れる〝国際標準〟がルールの根幹を形づくっています。加えて、遠征してくる海外馬も強豪ぞろい、迎え撃つ地元香港馬のレベルも国際級で、レーティングが高めに出る傾向も魅力でしょう。

そうした香港競馬の特質を踏まえた上でも、今回の「チャンピオンズデー」は例年以上に地元勢の意気込みが旺盛だという印象があります。ここ最近、日本馬のワールドクラスな活躍が目立っていて、その日本馬を打倒することが香港競馬のレベルの高さを証明することにもなるからでしょうか?そこまで言わなくても、香港における日本馬の存在感には確かなものがあります。たとえばシャティン競馬場のG1エリザベス女王2世カップは、もう20年以上も前に福永祐一さんとエイシンプレストンが連覇を果たしたのを皮切りに、5頭の日本馬が表彰台の真ん中に立っています。どの馬も強かったですね。19年のウインブライトは今も残るコースレコードを堂々樹立しています。日本馬1-2-3-4と上位独占した21年はラヴズオンリーユーが、半年後のBCフィリー&メアの戴冠を予感させる女王ぶりを披露しています。中でも記憶に刻み付けられているのは、12年のルーラーシップでしょうか。ご存じのように名馬キングカメハメハと名牝エアグールヴとの〝至高の配合〟から生まれた超良血馬で、サンデーサイレンスの血を一滴も持たない強力なセールスポイントを併せ持っています。デビュー前から大きな注目を集め、とくに種牡馬としての成功が待たれていました。

ところが血統・馬体・能力など何一つ足りぬものがないルーラーシップは、深刻な出遅れ癖に悩まされるなどG1戴冠には今一息でした。5歳になって後が残り少なくなったルーラーは、香港のクイーンエリザベス2世カップの勝利を種牡馬入りチケットとして選び、イタリアからやって来た〝勝利請負人〟ウンベルト・リスポリ騎手をパートナーに選びます。いつもは派手なレースぶりでスタンドの完成を巻き起こすルーラーですが、この日は馬群に埋もれて目立たないほどでした。ウンベルトは距離ロスのないインに導き、コーナーを丁寧に回ると、直線に向いてエネルギーを爆発させ、後続を4馬身近く突き放してG1ゴールに飛び込みました。競走馬ルーラーシップが種牡馬ルーラーシップへと変身を果たした瞬間でした。その後の彼の順調な歩みはよく知られる通りです。中でも「ルーラーシップ」×「ディープインパクト」の組み合わせは、クラシック菊花賞を舞台に重賞第1号をキセキが制覇したように、相性の良さは極め付きです。朝日杯フューチュリティS勝ちのドルチェモア、ローズSを世界レコードで突き抜けた〝キレモノ〟マスクトディーヴァなどG1クラスで互角以上に渡り合えるポテンシャルの高さを武器にしています。ディープの血を持つ繁殖牝馬数は日本生産界随一ですから、今後もこの〝黄金配合〟は増え続けるはずです。
当初はステイヤー志向が強く思われたのですが、最近では先週のマイラーズCで連覇を果たしたソウルラッシュのような良質なマイラーも輩出するようになっています。産駒が世代をかさねる毎に活躍の場を広げ、安定してリーディング戦線のベストテン圏内を占め続けています。〝下剋上時代〟と種牡馬戦線の混迷が言われる昨今ですから、この遅れて来た良血種牡馬が、さらなる大輪を咲かせる日が来ても驚けません。そういう意味では、ルーラーシップと似たような境遇に悩み苦しん来たプログノーシスの走りが楽しみでなりません。いずれは「ディープインパクト系」×「ルーラーシップ」の〝逆黄金配合〟が、競馬場を沸かせる日が来るかもしれませんね。

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