――長く馬主をなさっていて、競馬場にはいろいろと思い出もあると思いますが。
『馬主になってね、そりゃ面白いから、しょっちゅう競馬場に通うわけ。冬なんかは冷えて冷えてしようがないからスタンドにね、コタツを持ち込んで暖まりながら競馬を見る。
ちょいと熱燗なんかもやりながらね。今から思えば無茶苦茶な話ですが、いいご時勢だったんですね』
――そこではいろんな交友があったと思うんですが。
『馬券はね、取り巻きといっちゃ悪いが、いつも一緒に連んでいる若い衆に金をわたして頼む。まぁ大抵は外れて、惜しかった、残念でした、となるんだけれど、たまぁに当たると、そいつが帰ってこない』
――持ち逃げされてしまった?
『そう、たまに当ると帰ってこないんですねぇ、たいていは。そんなかで大川って学生がいたんだが、たしか慶応の学生服を着ていたっけ』
――“予想の神様”とあがめられた大川慶次郎さんですか?
『そう、その大川慶次郎。育ちがいいっていうか、競馬場にいるには珍しいきちんとした人間でしたね。
その頃の競馬場って、鉄火場みたいな雰囲気があって、まともな人には居心地のいい場所じゃなかったんだけれど、彼はまっとうな人間でしたね。
頼んだ馬券が当たっても外れてもね、毎度毎度ちゃんと報告してくれる。持ち逃げみたいなことは一度たりともありませんでしたね。
のちに競馬評論家として一家を成すわけだけれども、一流の人って、まず人間がしっかりしていますね』
※この記事は、2010年10月28日に公開されました。