海外だより

〝三冠〟の価値がよみがえる

競馬の華・ロイヤルアスコットが大盛況のうちに幕を閉じました。開催5日間で27万人(火曜日から土曜日まで平日続きの5日間に1日平均5万5千人オーバーというのは凄い数字です!)を超える大観衆が馳せ参じ、続々と次代のスターホースが現れたのが、頼もしくもあり、また〝競馬の母国〟の底力がズシーンと腹に響き渡ります。競馬をこよなく愛するエリザベス2世女王が亡くなられて、競馬よりポロ愛好家として知られるチャールズ3世国王の世にロイヤルアスコットはどうなるか?そんな声も囁かれましたが、すべては杞憂に終わったようです。国王は初祭主だった去年がカラミ王妃ともども皆勤、今年もプリンスオブウェールズSがメインの2日目の祭主をウィリアム皇太子(現プリンスオブウェールズ侯)に譲った以外は、競馬の魅力を集まった大観衆とご一緒に堪能されていました。

この大成功を受けて、自信を深めたイギリス競馬界は次なる一手に着手するようです。世界中の模範となっている5大クラシックのブランディング戦略がそれです。ご存じのように、開催順に2000ギニー・1000ギニー・オークス・ダービー・セントレジャーが5大クラシックとされています。日本でいえば、同じく開催順に桜花賞・皐月賞・優駿牝馬・東京優駿・菊花賞ということになります。このうち、牡馬は2000ギニー・ダービー・セントレジャー、牝馬は1000ギニー・オークス・セントレジャーのそれぞれ3レースが〝三冠〟とされています。日本で流通している桜花賞・優駿牝馬・秋華賞の所謂(いわゆる)〝牝馬三冠〟は価値観としては国際基準外となりそうです。この国際的に認められ広く普及しているブランド価値を、さらに広め高めることを目的に、来シーズンから三冠馬に200万ポンド≒4億円を贈ろうというプランです。競馬に新しい若者ファンを呼び込み、競馬の中心地としてのイギリスを蘇らせるのが最終着地点と言います。昨今の日本調教馬は確かに強いし、その根っこを支える日本生産馬のレベルアップも素晴らしい、しかしイギリス競馬の誇りまで譲り渡すわけにはいかないと来れば、200万ポンドは少しも高くないですね。壮大にして夢のある戦略です。

「ボーナス賞金」は海外では、しばしば活用されます。最近では2018年に2701mを超える超長距離(マラソン)路線の抜本的改革が実施された際、「ステイヤーズ・ミリオン」と銘打ったキャンペーンを成功させています。その前年にG1昇格したグッドウッドC3200mとロイヤルアスコット開催のゴールドC4000mの二大G1を含むシーズンを通した主要5レースを全勝した馬に100万(ミリオン)ポンドのボーナス賞金を贈る内容でした。結果から言えば、このキャンペーンは大成功しました。ストラディヴァリウスとバイオリンの歴史的名器にちなんで命名された小柄なサラブレッドが、世にもい美しい音色でファンの心を震わせ、グッドウッドC4連覇、ゴールドC3連覇など最初の2年間は無傷の10連勝を成し遂げ「ステイヤーズ・ミリオン」の王座を独占します。ストラディヴァリウスはイギリスの名匠ジョン・ゴスデン調教師とランフランコ・デットーリ騎手のコラボレーションが生み出した〝名作〟でしたが、そのライバルでアイルランドを拠点とする天才エイダン・オブライエン調教師とライアン・ムーア騎手のコンビも黙っていません。シーザスターズの血を継ぐストラディヴァリウスに対して、兄であるガリレオの血を受けたキプリオスを鍛えに鍛え、〝傑作〟へと磨き上げた〝打倒ストラディヴァリウス〟の烽火(のろし)を天高く打ち上げます。

〝チーム・キプリオス〟の野望は見事に実現されますが、新たなヒーローの故障という高い代償が待っていました。しかし世界有数の天才チームは不屈です。諦めません。長い休養と復活へのトレーニングを積み重ねて、2年ぶりのロイヤルスコット、今年のゴールドCにキプリオスは帰ってきました。一度はチャンピオンベルトを失いながら1年以上の失意の時を経て復活した〝蘇ったヒーロー〟は、200年を超えるゴールドCの長い歴史の中で、キプリオスがやっと3頭目です。ストラディヴァリウスの歴史的偉業にも遜色のない快挙です。ヒーローの誕生と挫折や失意、そして復活。「ステイヤーズ・ミリオン」の物語でストラディヴァリウスやキプリオスが語ってくれたストーリーを、今度は三冠レースを晴れ舞台に新たなドラマのページが繰られていくのでしょう。先般のロイヤルアスコットでは2歳勢から怪物級の大物候補が次々と誕生しました。今から来季クラシックが楽しみです。このお話には、まだまだ続きが延々と紡ぎ出されていくのかも。

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