海外だより

レース価値を考える

今週末はアメリカ三冠レースの最終関門ベルモントSが行われます。皐月賞から菊花賞まで足かけ7カ月を費やすロングランな日本とは趣きを変えて、5月第1土曜のケンタッキーダービーに始まってプリークネスS、ベルモントSまで、ほぼ1カ月で完結させる短期決戦の厳しいローテーション、さらにダート競馬には珍しい長丁場2400mの距離が嫌われてか?近年は頭数的にも顔触れ的にも寂しくなっていく傾向が強まっていました。しかし今年は、ケンタッキーダービー馬ミスティックダン、そのダービーで日本調教馬フォーエバーヤングも交えて3頭一塊のハナ+ハナのゴール前で2着を死守したシエラレオネ、さらにプリークネスS馬シーズザグレイなど三冠レースの主役級を中心に10頭立てと久しぶりに質の高いメンバーがゲートインします。というのも、ベルモントパーク競馬場が老朽化したスタンドを改築するため閉鎖され、今年のベルモントSカーニバル(マイル最高峰レースのメトロポリタンH、芝のマンハッタンS、牝馬限定のオグデンフィップスSなど多様なカテゴリーにわたる豪華絢爛G1群も同日に施行)は、12ハロン≒2400mのコースがないサラトガ競馬場で開催され走り慣れた10ハロン≒2000mが舞台なのも影響しているのでしょうか。移設先のサラトガ競馬場が総賞金150万ドル≒2億3000万円を200万ドル≒3億1000万円に奮発して大増額、その心意気に打たれたという背景もあるかもしれません。

良いこと尽くしに見えますが、実はデリケートな問題も内包しているというのが率直な感想です。格式高いクラシックレースや伝統を積み重ね続けているG1レースは毎年、同じ時期に同じ競馬場の同じ距離で施行されるのが基本です。日本ダービーの舞台は東京競馬場2400mに決まっています。中山競馬場の2500m以外で行われるレースを有馬記念と呼ぶのが躊躇(ためら)われるのと同じです。今回のベルモントSカーニバルのサラトガ移設は、おおむね好評でファンからも歓迎されているようですが、少し寂しい気持ちもあります。12ハロンは〝時代遅れ〟と至極もっともな指摘も多い一方、距離が12ハロンであるからこそベルモントSは「ザ・テスト・オブ・ザ・チャンピオン(種牡馬選定レース)」と称されるのだとの声も根強いようです。

同じ事情はメトロポリタンHにも共通しています。広大なベルモントだからこそ可能だったワンターンのマイルコースで究極のスピードと底力を競う〝種牡馬選定レース〟という価値が、サラトガ競馬場も同様ですがアメリカの大半の競馬場は1周1600m程度の小回りで、マイル戦は周回コースが舞台なのがほとんどです。サラトガはそれより一回り大きな1周1800mのトラックですが、ベルモントのスケールには及びません。長年ン、メトロポリタンHが築き上げてきた本来の価値を提供できるのかという懸念が頭の片隅を飛び交います。ここ2年、メトロポリタンHの勝ち馬から、〝ダートのフランケル〟と畏敬され史上最強馬の評判も高いフライトライン、難病と闘う少年との友情が全米の涙を絞ったコディズウィッシュと連続して年度代表馬を輩出しています。もともと〝種牡馬選定レース〟という重要な役割を担ってきた歴史があります。歴代の勝ち馬は、古くはネイティヴダンサー、トムフールなど偉大な競馬レガシーを生み、名牝ラトロワンヌの名血を今に伝えるバックパサー、またミスタープロスペクターの巨大山脈のすそ野をさらに広げたファピアノなど〝競馬の殿堂〟そのものです。この伝統は今世紀に入っても受け継がれ、中でも日本にやって来て大ブレイクしているパレスマリスは、スタミナのベルモントSとスピードのメトロポリタンHの双方を勝っている稀有な存在として名を高めました。先述したように〝ベルモントSカーニバル〟は、日本でいえば菊花賞の日に安田記念やヴィクトリアマイルやチャンピオンズCまで一堂に開催する豪華絢爛な身も心もワクワクドキドキの〝G1デー〟です。ところが10ハロン≒2000mに距離短縮したベルモントS、本来のワンターンバトルとは趣の異なるメトロポリタンH、これらの競馬界の至宝が果たして現代に即した〝新しい価値〟を生み出せるのか?華やかさだけに目を奪われるのではなく、そんな点にも冷静に着目して観戦しておきたい今年のカーニバルです。

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