馬事叢論中山馬主協会の活動報告、提言など

第1回「ナポレオンの グランプリ」
フランスは世界に冠たる競馬大国だといわれています。全国各地に250か所以上を数える競馬場が存在しています。 日本は中央10場、地方15場ですから、10倍のスケールですね。 もちろん開催日数が年間数日といった競馬場も少なくありませんから、一概に規模だけを比べるのは無意味なのですが。 ともあれ、フランスの人々は日常のごく身近で、平地、障害、トロッターによる騎乗速歩、馬が騎手の乗った馬車を 牽いて走る繋駕速歩など、様々なカテゴリーの競馬を思い思いのスタイルで楽しんでいます。 競馬が人生の一部として自然に溶け込んでいるのでしょうか。 さて、研修報告第1弾はこうした競馬大国フランスのそもそもの起源を訪ねてみます。
  • ロンシャンに刻まれる歴史と浪漫
フランス革命期の軍人 ナポレオン・ボナパルト

フランスにおける競馬の起源は1700年代にイギリスの王侯貴族が持ち込んだのが最初と伝えられています。盟主として各国に君臨していた大英帝国がその行く先々で近代競馬を広めていったのは日本も含めて世界中で起きていたことのようです。競馬同様にサッカーやゴルフもイギリスが伝道師として普及させたものですね。

フランスの場合、1789年に勃発したフランス革命とその後の政治的動乱の中で独自な発展を遂げていくことになります。競馬どころじゃない状況下にもかかわらず、フランス競馬はなぜ発展と成長を維持できたのでしょうか?

最大の功労者は、愛馬マレンゴの背でアルプスを越える姿で余りにも有名なナポレオン・ボナパルトだったと言われます。

彼は革命後の騒乱をクーデターによって制圧、政権を掌握することに成功します。

その5年後には皇帝ナポレオン1世を名乗り、最初に取り組んだのは軍馬育成を目的に革命の混乱で散逸した馬資源の復興を図ることでした。その振興を活性化させるには競馬というイベントが必要不可欠でした。ナポレオンは単なる軍人や政治家にとどまらず、素晴らしいクリエイティブの才能を秘めたアイデアマン、超一流のマーケターでもあったようです。皇帝就任の2年目、彼の頭脳の片隅に歴史に残る名案が閃きました。

フランス各地で盛大に予選を行い、その代表馬をパリに集めて最強馬決定戦を実施するのはどうだろうか?
そうすれば予選の段階から長期間に渡って大衆の興味を惹きつけられるに違いない。

各地の名誉をかけた頂上戦は大変な盛り上がりになるだろう。名称はグランプリが良いだろう。

皇帝襲名から3年目の1807年、ナポレオン肝入りの第1回グランプリが各地の代表馬を集めて距離4000mで開催されます。皇帝の威信をかけた勇壮で華麗な大イベントでした。

しかしナポレオンがワーテルローの戦いに敗れたためグランプリを含めて競馬それ自体が中止の憂き目にあいます。
ちなみに愛馬マレンゴは英軍に捕えられ、イギリスで余生を送った後、現在はその骨格が大英博物館に収蔵されているそうです。
戦争には負けましたが、フランスの人々の競馬への愛着は凄まじく、すぐに再開されるとグランプリも名前を変えながら引き継がれていきます。

賞金ロンシャンで人々を迎えるグラディアトゥール

王政時代にはグランプリ・ロイヤル(王室)、共和制になるとグランプリ・ナショナル(祖国)、ナポレオン3世が皇帝に即位するとグランプリ・アンペリアル(帝国)といった具合です。歴代の為政者がみんな競馬好きだったというようなお馬鹿な話ではないでしょう。動乱の時代にあっても人々は競馬を愛し続け、それほどまでに庶民大衆への影響力が大きかった証拠ではないでしょうか。為政者たちは庶民大衆が愛してやまない競馬を止めようにも止められなかったというのが本当のところでしょう。止めたらそれこそ暴動ものと考えたのかもしれません。

時の権力者のプロパガンダ(宣伝)の道具として使われてきた一面もあったグランプリの歴史ですが、やがて一頭の名馬の出現が大きな転換点をもたらします。フランスの人々の国民的英雄となり、庶民大衆に熱狂的に迎えられたヒーローの名がレース名として冠されることで競馬は真に庶民大衆のものとなっていくことになります。

彼は今もロンシャン競馬場で銅像の姿で凱旋門賞などを見守り続けています。

その名はグラディアトゥール。彼はフランス産馬として初めてイギリス三冠レースを制した歴史的名馬です。

何世紀にも渡り諍(いさか)いを続けてきた英仏両国の仲の悪さは有名ですが、この快挙にフランス中が大興奮し、ロンシャンに凱旋したグラディアトゥールを15万人以上の人々が取り囲んで陽が落ちるまで祝祭を続けたと伝えられます。

後に彼は当時は6200mと恐ろしい距離に延ばされていたグランプリを制覇し、国民的英雄の盛名をますます高めることになります。そして1869年、ナポレオンが創設したグランプリはグラディアトゥール賞へと名を変え、今日に引き継がれることになります。現在はヴェルメイユ賞、ニエル賞、フォア賞の凱旋門賞トライアルが開催される同日に3100mのG3レースとして行われていますが、フランスの近代史が刻み込まれたような200年以上続く伝統あるレース、フランスの人々が大切に思うのはこれからも変わりないことでしょう。

次回は全国250以上の競馬場でフランス競馬がどう運営されているのか、それを人々はどう楽しんでいるのか、そのあたりをご報告したいと思っています。