海外だより
イクイノックスから始まる競馬新時代
ご存じのようにイクイノックスのジャパンカップにおける走りが、レーティング135ポンドと大きく上方修正されて、飛び抜けた水準の世界チャンピオンに輝きました。同時に対象レースのジャパンカップのレースレーティングも修正され、これもイクイノックスが完勝したドバイシーマクラシックを逆転して世界一の〝ベストバウト〟として公認されました。時代の扉がクルリと一回転、新たな地平に向けて開かれたような気がします。イクイノックスが開いたものとは?古びかかった〝欧州中原思想〟(ヨーロッパを世界の中心と考える人々)、〝北米成長力信仰〟(アメリカの馬産力と経済力を背景としたビジネス志向)などを超えた競馬の新しい在り方にも思えます。例えば、200年、300年を超えて遡(さかのぼ)れる血統表は珍しくありませんね。世界中から選ばれた血が配合され、中でもここ100年ほど馬産のキャピタル(首都)アメリカを母国とするダート血脈を持たないサラブレッドは今では探し当てるのに一苦労するほどです。イクイノックスはダート戦を走ったことはありませんが、今後は芝であろうと、ダートであろうと、さらにオールウェザーを舞台にしても、常に最高のパフォーマンスを繰り出せる馬が、真のチャンピオンであるという考え方が世界のホースマンの新たな共通認識(スタンダード)になりつつあります。
昨シーズン末、クールモアの主要馬を一手に管理するエイダン・オブライエン調教師が調教したオーギュストロダンの〝引退電撃撤回事件〟は、世のホースマン諸氏を驚かせました。英愛の両ダービーを制したディープインパクトのラストクロップという〝奇跡的な天賦の運命〟に祝福されたオーギュストロダンは、その種牡馬価値を測れば3歳限りで引退し、スタッドインするものと誰もが考えていました。サドラーズウェルズ・ガリレオの父子、デインヒルやヌレイエフなど十指に余る名馬たちの成功でノーザンダンサーの血にあふれかえったヨーロッパの血統バイアス(偏り)が頂点に達した現在、ヘイロー系ディープインパクトは願ってもないアウトブリード血統という価値に彩られています。加えてオーギュストロダンには日本から良血牝馬が大挙して門前市を成す期待も見込まれています。昨今のヨーロッパは、フランケルとドバウィが35万ポンド≒6500万円で種付け料ランキングのトップを走っていますが、このクラスの成功も夢ではないかもしれません。そうした果てしない成功をいったん据え置いてまで、オーギュストロダンが挑まねばならなかったミッション(使命)は何だったのでしょうか?
そもそも天賦の才に恵まれた優秀な馬ほど、レース実績に傷がつくリスクを避けて3歳一杯(馬の早熟度によっては2歳限り)で引退させ、考えられる最高の種牡馬価値を市場に提供するのが、天才ジョン・マグナーが率いるクールモアが発明した20世紀最良の競馬ビジネスモデルでした。クールモアの優良サラブレッドを一手に管理するエイダン・オブライエン厩舎には、そういうわけで4歳以上の古馬の姿はほとんど見られません。厩舎のシンボルとして稼ぎ頭の牡馬数頭と能力的に傑出したわずかな牝馬だけを残して、それぞれ100頭を軽く上回るクラシックに向かう3歳馬とヨチヨチ歩きの2歳馬ばかりがバリードイル調教場を独占しています。ところがオーギュストロダンに関しては、クールモアにおけるこの〝鉄の規則〟とも言うべきビジネスルールをアッサリ投げ捨て、ホースマン垂涎の種牡馬価値に傷がつくかもしれないリスクを冒して、さらに大きな価値の実現に向かって現役を続ける決断がなされました。それは誰も到達したことがない未踏の高みへの挑戦でした。イクイノックスの登場で、にわかに現実的となってきたチャンピオンホースの新たな在り方へのチャレンジです。芝でもダートでも同じように突出した走りができる存在へと、サラブレッドを高める根気のいる営みです。クールモアとオブライエン調教師は、これまで何度かこのテーマに挑んでいます。
2000年にチャーチルダウンズのダートコースに登場したオブライエン厩舎の切り札ジャイアンツコーズウェイはティズナウと叩き合いの末、クビだけ後れを取りますが、本物のチャンピオンであれば芝砂問わずに走れる自信を深めてくれました。その翌年、陣営は英愛ダービー、キングジョージ6世&クイーンエリザベスSを3連勝した大物中の大物ガリレオを送り込みます。〝芝の最高峰〟凱旋門賞をスキップして〝ダートの最高峰〟ブリーダーズCクラシックに挑み、体調整わず6着に敗れて野望を果たせませんでした。凱旋門賞馬サキーと壮烈な叩き合いをハナだけ競り勝ったティズナウが史上唯一の連覇を達成します。本場ダート王国のチャンピオンの誇りと意地が勝負根性の塊として結実し、強力ヨーロッパ勢の大攻勢を弾き返した形です。マグナー氏やオブライエン師は、来るべき新時代のチャンピオン像のイメージに確信を深めたことでしょう。しかし一つだけ誤算があったとすれば、それを全世界に向けて宣言したのが、競馬発祥の地・欧州でも、馬産の首都・北米でもなく、アジアの東端からやって来た青鹿毛の馬だったことです。イクイノックスの走りは、こんなことを語っていたように思います。やがて世界の競馬は、歴史の古さだけではなく、伝統の由緒正しさだけもなく、もちろん賞金の高額さだけが正義として振る舞うのでもなく、欧州・北米・南米・オセアニア・中東・アジアなどの〝セブンスルーシーズ〟(七つの海と大陸を繋ぐ)最強の王者を生み出すスポーツとして発展を遂げていくだろう、と。イクイノックスが生み出した、たぶんこれが新時代の競馬像なのかもしれません。
昨シーズン末、クールモアの主要馬を一手に管理するエイダン・オブライエン調教師が調教したオーギュストロダンの〝引退電撃撤回事件〟は、世のホースマン諸氏を驚かせました。英愛の両ダービーを制したディープインパクトのラストクロップという〝奇跡的な天賦の運命〟に祝福されたオーギュストロダンは、その種牡馬価値を測れば3歳限りで引退し、スタッドインするものと誰もが考えていました。サドラーズウェルズ・ガリレオの父子、デインヒルやヌレイエフなど十指に余る名馬たちの成功でノーザンダンサーの血にあふれかえったヨーロッパの血統バイアス(偏り)が頂点に達した現在、ヘイロー系ディープインパクトは願ってもないアウトブリード血統という価値に彩られています。加えてオーギュストロダンには日本から良血牝馬が大挙して門前市を成す期待も見込まれています。昨今のヨーロッパは、フランケルとドバウィが35万ポンド≒6500万円で種付け料ランキングのトップを走っていますが、このクラスの成功も夢ではないかもしれません。そうした果てしない成功をいったん据え置いてまで、オーギュストロダンが挑まねばならなかったミッション(使命)は何だったのでしょうか?
そもそも天賦の才に恵まれた優秀な馬ほど、レース実績に傷がつくリスクを避けて3歳一杯(馬の早熟度によっては2歳限り)で引退させ、考えられる最高の種牡馬価値を市場に提供するのが、天才ジョン・マグナーが率いるクールモアが発明した20世紀最良の競馬ビジネスモデルでした。クールモアの優良サラブレッドを一手に管理するエイダン・オブライエン厩舎には、そういうわけで4歳以上の古馬の姿はほとんど見られません。厩舎のシンボルとして稼ぎ頭の牡馬数頭と能力的に傑出したわずかな牝馬だけを残して、それぞれ100頭を軽く上回るクラシックに向かう3歳馬とヨチヨチ歩きの2歳馬ばかりがバリードイル調教場を独占しています。ところがオーギュストロダンに関しては、クールモアにおけるこの〝鉄の規則〟とも言うべきビジネスルールをアッサリ投げ捨て、ホースマン垂涎の種牡馬価値に傷がつくかもしれないリスクを冒して、さらに大きな価値の実現に向かって現役を続ける決断がなされました。それは誰も到達したことがない未踏の高みへの挑戦でした。イクイノックスの登場で、にわかに現実的となってきたチャンピオンホースの新たな在り方へのチャレンジです。芝でもダートでも同じように突出した走りができる存在へと、サラブレッドを高める根気のいる営みです。クールモアとオブライエン調教師は、これまで何度かこのテーマに挑んでいます。
2000年にチャーチルダウンズのダートコースに登場したオブライエン厩舎の切り札ジャイアンツコーズウェイはティズナウと叩き合いの末、クビだけ後れを取りますが、本物のチャンピオンであれば芝砂問わずに走れる自信を深めてくれました。その翌年、陣営は英愛ダービー、キングジョージ6世&クイーンエリザベスSを3連勝した大物中の大物ガリレオを送り込みます。〝芝の最高峰〟凱旋門賞をスキップして〝ダートの最高峰〟ブリーダーズCクラシックに挑み、体調整わず6着に敗れて野望を果たせませんでした。凱旋門賞馬サキーと壮烈な叩き合いをハナだけ競り勝ったティズナウが史上唯一の連覇を達成します。本場ダート王国のチャンピオンの誇りと意地が勝負根性の塊として結実し、強力ヨーロッパ勢の大攻勢を弾き返した形です。マグナー氏やオブライエン師は、来るべき新時代のチャンピオン像のイメージに確信を深めたことでしょう。しかし一つだけ誤算があったとすれば、それを全世界に向けて宣言したのが、競馬発祥の地・欧州でも、馬産の首都・北米でもなく、アジアの東端からやって来た青鹿毛の馬だったことです。イクイノックスの走りは、こんなことを語っていたように思います。やがて世界の競馬は、歴史の古さだけではなく、伝統の由緒正しさだけもなく、もちろん賞金の高額さだけが正義として振る舞うのでもなく、欧州・北米・南米・オセアニア・中東・アジアなどの〝セブンスルーシーズ〟(七つの海と大陸を繋ぐ)最強の王者を生み出すスポーツとして発展を遂げていくだろう、と。イクイノックスが生み出した、たぶんこれが新時代の競馬像なのかもしれません。