海外だより

2024.1.19 春風は中東から吹き寄せる

総賞金2000万ドル≒29億円と目の玉が飛び出るような超高額賞金を高々と掲げて、サウジカップが競馬界に華々しくデビューしたのは、コロナ渦中の2020年のことでした。11月初旬のダート王国アメリカの頂上レースであるブリーダーズカップ（BC）クラシックと当時は賞金世界一の座が指定席だった3月下旬のドバイワールドカップを結ぶ〝チャンピオン回廊〟という位置づけで企画されたレースでしたが、当時の状況としては競馬に厳しい向かい風が吹きすさぶ中で、成否半々というのが人々の見立てでした。しかも第1回の優勝馬マキシマムセキュリティから薬物が検出され、〝汚れた高額賞金レース〟というイメージが刷り込まれ、カーニバルの行く手に暗雲が漂います。そんな逆風に真っ向から立ち向かい戦い続けた人々の存在抜きにはサウジカップの歴史は物語れません。名スプリンター・インヴィンシブルスピリット、仏ダービー馬メイクアビリーヴ、その産駒で第2回サウジカップを制覇したミシェリフなどをオーナーブリーダーとして輩出してヨーロッパに名を轟かせ、サウジカップ・カーニバルの事実上のプロデューサーとして辣腕を振るったファイサル王子が率いるサウジアラビアホースマンの皆さんの八面六臂（はちめんろっぴ）・獅子奮迅（ししふんじん）の活躍で、サウジカップは見事に成功へと導かれ、回をかさねる毎に充実と成長の階段を駆け上がっているのはご存じの通りです。

昨年は世界最強馬イクイノックスの〝最良のバイブレーヤー〟パンサラッサが鮮やかに逃げ切って、レースイメージはすっかりポジティブなものへと変わりました。サイド番組のサウジダービー3着馬デルマソトガケがUAEダービー快勝から年末には最高峰BCクラシックで2着に踏ん張るまでに大成長し、プログラム全体の質も劇的に向上しつつあります。単にサウジカップ1レースに止まらず、人々を1日中楽しませるカーニバルとして発展を続けています。世界中から強豪馬を集めるには、魅力的な複数の番組をセッティングし、帯同馬とともに遠征できるようなカーニバル形式が望まれます。馬たちは厩務員や調教助手はじめ騎手・調教師など人間とセットで移動するからです。馬1頭でも1チームが必要ですが、逆に1チームで複数の馬をサポートするのは自然な業務形態です。とくに人の移動が困難だったコロナ禍にあって、人馬の遠征効率化ノウハウが飛躍的に進んだように感じられます。JRAの番組編成コンプトはレース価値の均等配分にありそうですが、国際的にはレース価値を重点配置するカーニバル形式を巧みに織り込んでいます。〝カーニバル〟はイメージ通り〝お祭り〟ですね。カテゴリー毎のチャンピオンシップを争うシンプルな構造には、独自の面白さが凝縮して内包され、想像するだけでワクワク感が湧き上がってきます。しかし面白さテンコ盛りのカーニバルの一方では、退屈のルーティンに耐えなければならない開催日が必ず生まれます。それぞれ長所と課題を持ち合わせますが、このあたりの塩梅をコントロールしていくことも、今後の国際レースには欠かせないように思います。

いずれにしろ近年の世界競馬の流れを俯瞰する限り、コロナ禍という厳しい〝試練の時代〟を潜り抜けて、2月のカタールとサウジアラビアのカーニバル開催が春の訪れを告げ、3月末のドバイワールドカップデーで本格的なシーズンが開幕するレーシングカレンダーが確立されました。これらのカーニバルには世界各国から一流馬が参集します。メインレースのエミールズトロフィーは、回をかさねる毎にローカルG1とは思えないほどにメンバーが充実してきました。昨年はアイルランドの超名門エイダン・オブライエン厩舎から香港へ移籍して、亡き父ガリレオの歴代最高の通算G1勝利数をさらに積み重ねたロシアンエンペラーが貫録見せました。そのオブライエン厩舎代表はポイントロンズデールでしょうか。日本人オーナーがクールモアとの共同馬主だった活躍馬ブルームの全弟で素質は兄以上ともいわれます。クールモアと来れば宿敵ゴドルフィンが黙っていません。今年のヒーローは、昨年こそ故障に悩まされ精彩を欠きましたが、一昨年はベルリン大賞・オイロパ賞とドイツ武者修行で力をつけBCターフの大金星で締めくくったレベルズロマンスが復活のノロシを上げます。ゴドルフィンの総大将として恥じない競馬を見せてくれるはずです。これに対する日本調教馬は精鋭18頭が登録して、現在までにゼッフィーロとサトノグランツが招待を受諾するようです。前者は昨年暮れの香港ヴァーズ2着の雪辱を誓う2度目の海外遠征です。先日の日経新春杯を３着に叩いたサトノグランツは本格化宣言が待ち遠しい今日この頃ですね。早くからここに目標を据えていたノースブリッジも晴れて招待されるなら、乾坤一擲の一発長打がありそうです。厳しい寒さが続きますが、どうやら春は、もうそこまでやって来ているようです。今年も無事に競馬の春が楽しめたらと願うばかりです。（文中の為替レートは、『1ドル≒145円』で換算）

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