海外だより

サイアーラインの戦い

ヨーロッパ、北米など北半球各国の昨年1年間の激闘を振り返って、ジョッキー、トレーナー、種牡馬などの成績をランキングした各種リーディングの集計結果が、まとまりつつあります。日ごろから密接な関係にあるイギリスとアイルランドは、最終的に一つの競馬圏として合算して集計される伝統があります。世界中の競馬ファンの心にクッキリと刻まれているように、昨年はイギリスとアイルランド両国のダービーをディープインパクト産駒のオーギュストロダンが完勝して名を轟かせました。ディープインパクトの血の素晴らしさは世界中に知れ渡っていて、近代競馬の第一歩を標したエプソムダービーを勝っても誰も驚いたりしないのですが、昨年は世界中でたった12頭しか血統登録されなかった希少なラストクロップ世代だっただけに、〝奇跡〟と人々は感じたようです。そのオーギュストロダンは、古馬相手に初夏の大一番キングジョージ6世&クイーンエリザベスSで、100馬身余の遅れを取る不可解な大敗を喫して株を下げます。ところが秋に競馬場に戻ってきた彼は別馬のように成長しており、愛チャンピオンS、BCターフと最上級G1を連勝して颯爽と復活を遂げます。これでヨーロッパ・チャンピオンのお墨付きである「カルティエ賞年度代表馬」を戴冠すれば話はめでたくハッピーエンドの幕を閉じるところでしたが・・・・。

凱旋門賞でエースインパクトというフランス調教馬が、文句のつけようのない圧勝劇を演じ、世界の憧憬を一身に集めます。仏ダービーを世界レコードで圧勝したあたりから非凡さを振りまいていましたが、これほどまでとは思いませんでした。父はフランケルの初年度産駒クラックスマンの血統です。フランケルは2度目の英愛リーディングサイアーに輝いており、英愛仏のヨーロッパ三国で父子制覇の偉業を成し遂げました。それも含めて年度代表馬は妥当な評価だと思えます。これを受けてオーギュストロダンの馬主クールモア&エイダン・オブライエン調教師陣営は、愛馬の引退・種牡馬入りを先延ばし、24年も競馬場に留まることを決意します。クラシックを勝つような優秀な馬は、種牡馬価値を万が一にも損ねないよう3歳いっぱいで引退させ牧場に返すのがクールモアの発明した鉄則でした。しかし主柱ガリレオ亡き後は、生半可な価値では満足されず、種牡馬切符のハードルがグンと引き上げられたようです。オーギュストロダンは今季、芝のビッグレースはもちろん、最終目標を11月のブリーダーズカップクラシックに見定めて、芝とダート二刀流で世界最高峰攻略を必達ミッションとしています。空前絶後の難関とも思えるハイレベルなハードルですが、これもオーギュストロダンというサラブレッドの、ディープインパクト系という血統の価値が高く認められたからこそでしょう。

同じことはフランケル系にも言えそうです。生産者であり、ときには馬主としても参画するジュドモントファームは、偉大なフランケルとその末裔たちのライフスタイルにも気を配っているように見受けられます。フランケル全弟ノーブルミッションの日本での初年度産駒が今季デビューします。ノーブルミッションは血統だけではなく競走馬としても一流だったのですが、偉大な兄との競合を避けてアメリカに渡りダートでもG1馬を輩出しましたが、フランケルが日本適性を発揮すると配置替えされ日高の生産者の期待の星となりました。今季からダーレージャパンにスタッドインした英ダービー馬アダイヤー、欧州最強の2着馬ウェストオーバーなども、その辺りを狙って〝世界最強国の一つ〟にのし上がった日本市場に送り込んだのでしょうね。こうしてフランケル系が極めて戦略的に種牡馬配置を展開しているのに対して、ディープインパクトはオーギュストロダンを通じて〝歴代世界最高価値の血〟創造を目指しています。このサイアー(種牡馬)単体からサイアーラインの実現を目指す戦いは始まったばかりです。日本で、世界で、熱い戦いが当分は繰り広げられます。

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