海外だより

超ダイナミックな週末

9月という時節は、海外では入学式など新しいスタートを切る節目の時節となっている国や地域が多いのですが、競馬の世界でも9月2週目を大きなターニングポイントに定めてきた伝統が守られています。JRAも今週から中山&阪神開催に移り、いよいよカテゴリーごとに年間チャンピオンを争う秋のG1シリーズが年末の有馬記念までシームレスに続く〝秋競馬〟がスタートします。南半球圏のお隣り香港は10日シャティン競馬場で新年度23/24シーズンが開幕します。イギリスから名手アンドレア・アッゼニ騎手が移籍、ますますレベルアップして来そうですね。〝ダート王国〟アメリカでは11月上旬の最高峰頂上戦ブリーダーズカップ(BC)シリーズの出走権を争う〝勝てば行ける〟BCチャレンジがたけなわ。1ヵ月後に“世界の頂上戦〟凱旋門賞を控えるフランスの日曜日は、本番と同コース同距離で行われる3歳馬代表決定戦ニエル賞、古馬のフォア賞、牝馬のヴェルメイユ賞の3大トライアルレースが世界の耳目を集めます。冬の訪れが早いアイルランドでは、早々と大トリ「アイリッシュ・チャンピオンズ・カーニバル」を迎え、カテゴリーごとの有力馬が同国の2大競馬場であるレパーズタウンとカラで今シーズンの有終の美を飾るべく、世界的にもハイレベルな白熱の闘いを繰り広げます。JRAで言えば、東京と中山の両方を舞台に土日2日間で、天皇賞(秋)と有馬記念、朝日杯フューチュリティSと阪神ジュベナイルフィリーズ、スプリンターSに安田記念&ヴィクトリアマイルまで一挙に施行してしまう超ダイナミックな週末です。
どのレースも見逃せませんが今年のハイライトは、土曜レパーズタウンのG1愛チャンピオンSです。世界中を探しても、たった12頭しかしないディープインパクトのラストクロップ、その旗頭オーギュストロダンが、100馬身以上も遅れたキングジョージ6世&クイーンエリザベスSの屈辱の惨敗から奇跡の復活を目指しています。エイダン・オブライエン調教師によれば、「かけがえのない存在」であり、後世に血を伝えることを使命と考えられており、競走生活は年内一杯で来春にはクールモアスタッドに上がるプランが考えられているようです。ここと後1走か2走で競馬場での勇姿は見納めですね。

しかし果たして100馬身超の〝屈辱の惨敗〟から、にわかに立ち直るなんてことができるものでしょうか?過去をたどれば、10年にはハービンジャーが凄まじい瞬発力で11馬身差のレコード勝ちを飾り歴史に残るキングジョージとなりましたが、そのレース1番人気でダービー馬と今回のオーギュストロダンと全く同じ立場だったワークフォースはブービーに大敗しています。当時はサー・マイケル・スタウト厩舎の主戦ジョッキーだったライアン・ムーアだったのも不思議な巡り合わせです。しかしサラブレッドの運命は分からないもので、アスコット・ヒーローに躍り出たハービンジャーは故障を得て、そのまま引退して遥か日本の地で種牡馬入りすることになります。直行で向かった凱旋門賞では、エイダン・オブライエン厩舎のケープブランコなど3頭カップリングが1番人気、アガ・カーン殿下のサラフィナとベーカバドのカップリングが2番人気、大敗後で人気を落としたワークフォースが目立たない4番人気に過ぎません。いま馬名を挙げたハービンジャー以下の各馬は、後にすべて種牡馬として繁殖として来日しているのも奇妙な縁ですが、この凱旋門賞の幕切れには〝ミラクル・ジャパン〟が炸裂します。直線でワークフォースと馬体を接してゴールを争い、わずかアタマ差に食い下がってムーア騎手の肝を冷やした〝激走馬〟こそ日の丸サラブレッドのナカヤマフェスタだったのです。中山馬主協会の会長を長く務められた和泉信一さんの愛馬でした。和泉さんが信頼する二ノ宮敬宇調教師に委託してセレクトセール1050万円で落札されています。俗に言われる「良血馬」ではなく、負けん気で意地っ張りな個性派」だったようです。

失礼な言い方になりますが、ナカヤマフェスタは海外挑戦、それもその頂上の凱旋門賞に海を渡るには少し不似合いな無骨なイメージの馬でした。ステイゴールドの血を受け、調教でも気が向かないとテコでも動かない頑固者でスタッフを手こずらしました。当初は和泉さんの娘さんの信子さん所有馬でしたが、不幸に若死されて和泉さんが引き継いだものです。そのお嬢さんの思い出がいっぱい詰まったフェスタが宝塚記念で名牝ブエナビスタを破る大金星を挙げます。信子さんは宝塚歌劇が大好きで、その舞台となることも多いパリの佇まいを愛されたそうです。和泉さんは宝塚記念の賞金で、信子さんの面影にフェスタを帯同させてパリへの旅を思い立ったようです。何とも浪漫なキッカケで旅立ったフェスタが、信じられないような思い出を創ってくれるのだから、競馬はやめられません。オーギュストロダンの〝奇跡の復活〟を祈るばかりです。

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