海外だより

エイダン・オブライエンの逆襲

コロナ禍にあって、世界でもっとも影響を蒙った厩舎は、たぶんアイルランドのエイダン・オブライエン厩舎だったかもしれません。ご承知のように、世界の競馬場を股にかけて倒すべきライバルがいれば馳せ参じ、高額賞金レースも馬と相談してチャンスを逃しません。ここまで15カ国で、スプリントから超長距離まで様々なカテゴリーのビッグレースを勝ちまくって来ました。この背景に多様多彩な風土気候やそれぞれの環境や慣習に関わる膨大なノウハウが横たわっていたのは間違いがありません。しかしコロナ禍は、このオブライエン厩舎の財産を根こそぎ奪ってしましました。移動の自由ががんじがらめに縛られてしまったのです。

ライバルのゴドルフィンのように、世界の主要馬産地を背景に巨大な調教拠点を組織して、グローバルなホースマン活動を展開している事例もあります。エイダン・オブライエン厩舎は、国土面積では取るに足らない小国アイルランドのバリードイルという片田舎に調教拠点を構え、そこから世界各地へと出かけるシステムに則っています。コロナ禍では逃げ道がありません。馬はなんとか移動できても、人の往来はままならない状態が続きました。人がいなければ、どんなに才能に満ちたサラブレッドも、翼をもぎ取られた大鳥と同じです。それでもオブライエン師とクールモアの人々は、不自由な中でも考えられる限りの叡智を絞り、創意工夫を凝らしながら世界に挑戦し続けて来ました。競馬場に歓声が戻り、人馬の往来に障害がなくなり、一番苦労したチーム・オブライエンに自由の追い風が吹きはじめているような気がします。

今週の海外競馬は、日曜に愛ダービーが組まれています。ディープインパクトのラストクロップで英ダービーを勝っているオーギュストロダンが堂々の1番人気に推され、2カ国ダービー制覇を目指してゲートインします。晴れて勝つようなら、エイダン・オブライエン調教師にとっては愛ダービー15勝目、英愛ダービーのダブル制覇は、ガリレオ、ハイシャパラル、キャメロット、オーストラリアに次いで5頭目の快挙になります。意外なことに、鞍上のライアン・ムーア騎手は愛ダービー初勝利になります。これだけの名ジョッキーが今までウイニングランを経験していないとは、まったく想像もできませんでした。オブライエン師はこれまでに世界を舞台に各地のG1レースを402勝と驚くべき量と質の栄光を量産していますが、1頭のサラブレッドにとって生涯ただ1度だけのクラシックレースは、パディントンの愛2000ギニーが98勝目、そしてオーギュストロダンの英ダービーで99勝目に到達しています。順当なら今度の日曜日の愛ダービーでオーギュストロダンが前人未到の100勝目という絶対領域に登頂するかもしれません。ディープインパクトを送り出した日本ファンにとっても、記憶にも歴史にも残る感慨深い一日になってほしいものです。

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