海外だより

外国産馬とクラシック

桜満開の季節、競馬はクラシック真っ盛りのシーズンを迎えました。今年のクラシック世代は2歳戦から外国産馬がスタートダッシュを利かせ、そろそろ栄冠を戴冠するのではと期待が高まっているようです。日本の競馬史には、外国産馬が飛び抜けて強い時代がクッキリと刻み込まれています。粗っぽい例え話になりますが、8戦8勝の〝スピード無双〟で日本のファンを驚嘆させ、ホースマンを震え上がらせたマルゼンスキーを鎖国日本に突然出現した「黒船来航」とすれば、80年代後半から90年代にかけての〝外車ブーム〟は、近代日本の扉を開いた「文明開花」の時代にも匹敵する華やかさに彩られていました。その「文明開花」の花々を見事に咲かせた最初は20世紀も終幕近い1998年夏のことでした。同じドーヴィル競馬場を舞台に、モーリスドゲスト賞をシーキングザパールが、たった1週間違いでジャックルマロワ賞をタイキシャトルが勝利の凱歌を上げたのは20世紀も終幕近い1998年のことでした。今では「日本調教馬の海外G1制覇」は珍しくもない出来事ですが、ドーヴィルからのニュースは日本人が初めて経験する大事件でした。

翌年、エルコンドルパサーがシーズン開幕を待ち兼ねたようにヨーロッパに旅立ちます。1969年に野平祐二さんとスピードシンボリが切り拓いた〝凱旋門賞制覇の夢〟挑戦への旅立ちでした。一過性の海外遠征ではなくドッシリと腰を落ち着けて現地滞在し、世界に冠たる至高の頂上レースである凱旋門賞を本気で取りに行く戦略です。
エルコンドルパサーはイスパーン賞2着、サンクルー大賞1着と現地の由緒正しい伝統のG1レースで互角以上の戦いを繰り広げながら、ついに決戦の地・ロンシャン競馬場に入城します。そこには当時、世界最強を謳われた名馬モンジューが待ち構えていました。そのうえ道悪馬場で〝悪名高い〟ロンシャンですが、この年は〝極悪〟コースで決戦となり、エルコンと蛯名正義騎手はモンジューのペースメーカー役も追い越してドロンコ馬場を逃げまくり前々での勝負に賭けます。勝負の分はエルコンドルパサーにあったと思います。しかしモンジューもさすがでした。ロンシャンの直線を信じられないような力強さで駆け抜け、半馬身だけ前を行くライバルを捕えていました。そこから3着が6馬身差、4着が5馬身差、バラバラの入線です。勝ったモンジュー、僅差で食い下がったエルコンドルパサー、2頭がいかに傑出した存在であったかを物語っていました。ドーヴィルとロンシャン、この世紀末を揺るがせた〝二大事件〟が、日本人ホースマンの心をどれだけ揺さぶり、次なる新たな行動指針を選ばせたかは計算できませんが、外国産馬への規制緩和など国際化への道を急スピードで進みます。

ご存じのように外国産馬には長い間、クラシック出走権そのものがありませんでした。どんなに強い馬でもゲートインしないことには勝負になりません。このイビツなスタイルが、国際化の進展につれてスポーツ・スタンダード(基準)に沿った構造を確立させていき、ようやく外国産馬のクラシック出走が認められたのは2002年のことでした。その〝世紀の大転換〟から現在まで、20年以上の風雪を経ている勘定になります。短い歳月だったとは言えない時間です。にもかかわらずクラシックを勝利したのは、2007年オークスのロブデコルテ1頭だけです。20世紀には国内海外のビッグレースで、あれほど勢力を拡大した外国産馬が、21世紀になるやシンボリクリスエスなど一部の例外を除けば見る影もなく失速しました。その背景には、サンデーサイレンスからディープインパクトへと繋がれたサイアーラインの世界規模の成功があります。日本ダービー出走馬の大部分がサンデーサイレンス系か母父サンデーサイレンスの馬たちで占める〝事件〟が頻繁に起きています。ところが、現在はサンデーサイレンスは「3x4」とか「4x5」とかのクロスの中にしか存在しなくなり、ディープインパクトも父の後を追う立場になっています。内国産馬VS外国産馬の構図でいえば、アドバンテージ(優位性)は外国産馬サイドに大きく傾きつつあります。先週の桜花賞では、唯一のアイルランド生まれの外国産馬エトヴプレ(父トゥーダーンホット)が追い込み勢が掲示板を独占した厳しい流れで、ただ1頭だけ5着に食い下がって見せました。9番人気と前評判の割にポテンシャル高い馬です。
さて、皐月賞。今週はフランス産のシンエンペラー、社台ファーム産ながら持込馬としてアメリカ血統を伝えるジャンタルマンタルが人気を分けそうです。シンエンペラーは凱旋門賞馬ソットサスの全弟と奥の深い良血で、矢作芳人調教師の心の内には〝兄弟制覇〟の文字が刻み込まれているようです。ジャンタルマンタルは完成度の高さに一日の長を感じさせるクレバー(賢い)ホースですが、いかにもトライアルなレースを前走から本番はキッチリ能力を全開させそうです。こうしたマル外の活躍は、〝血の飽和〟が現実のものとなりつつあるサンデーサイレンス事情などからも、日本競馬の健全な発展と成長に必要なカンフル剤のような気がします。

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