01. 在厩1000日を超えるノースブリッジは真面目で、気難しくて、孤独を愛するサラブレッドです
気難しさには、理由がある
細江お久しぶりです……と言う前に、担当されているノースブリッジの札幌記念優勝、おめでとうございます。
松島ありがとうございます。
細江松島さんがノースブリッジの担当になったのは、この札幌記念の前からなんですよね。
松島そうです。前の担当さんの移動で、急遽、私が担当することになったのですが、なにせこれだけの馬……重賞を2つも勝っている馬ですから、最初は、本当に私でいいのかなという戸惑いもあって。奥村(武)先生に、「そんな大役、ちょっと自信がないです」と言ったんですけど……。
細江成績のある馬を担当される時、結果をださないと、というプレッシャーはもちろん、周囲からは「良い馬やって~」と羨ましがられるし結果を出せば出したで「当たり前」、逆だと腕が…という声も聞こえるから本当に大変だと思います。
松島本当にそうなんですよ。今回、最終的には、オーナーの井山(登)さんも、「松島さんならいいよ」と言ってくださったみたいで。そこまで言っていただいたら、もう、やるしかないと、覚悟を決めた感じです。
細江井山オーナーの馬には、それまでも担当されていたんですよね?
松島井山オーナーはウチの厩舎にたくさん馬を預けてくださっていて、先生が開業したときに預けてくださったプリサイスエースもそうですし、イブキ、テンクウ、パープルレディーも、私が担当させていただいきました。
細江これまでの歩みと結果あっての指名だったんですね。ただ、ノースブリッジは、強いと同時に、難しい馬という評判がありますが、そのあたりは、実際、どうでしたか?
松島担当してまだ2ヶ月なので、“こうです!”と、断言は出来ませんが、繊細で、敏感で、ずるいところは微塵もない、ひとつ、ひとつ、深いところで考え、いつもと違うことに対しては、すべて疑っているような感じです。
細江どういうことですか?
松島いつもと違う時間に外に出すとか、いつもと違う人が来たとか、そういうことにすごく敏感で、何かあるたびに、「なぜ、今回は違うの?」「あなたは誰なの?」という顔をするんです(苦笑)。
細江賢いんでしょうね。
松島担当する前は、いきなりのしかかったり、青あざが出来るほどかじったり……不用意に近づくと危ない馬という感じで見ていたんですが、担当になって、近くで見るようになって、ひとつ、ひとつ、彼にはそうする理由があるんだということに気づきました。
担当1週間で、お客さんから、準担当に昇格
細江ということは、ノースブリッジにとって、担当が松島さんに代わった時点で、あれ!?なぜ?という感じだったんでしょうね。
松島いきなり、「だれ?」という顔をされて(苦笑)。ちょっと考えた後に、「あぁ、そうか、そうか、代打の人ね」という顔になって、最初はお客様扱いでした。
細江馬の方が気を遣ってくれたんでしょうね。で、どのあたりで、認めてもらえるようになったんですか。
松島1週間過ぎた頃です。「ん!? もしかして、こいつが毎日、来ることになったのかな?」という表情になって、そこからは、急に、塩対応に変わりました(笑)。
細江はははははっ。それは、ある意味、すごいですね。
松島私の足音がわかるようになったんだと思います。朝、出勤すると、ちょっと鳴くようになって、お客さんから、準担当に昇格した感じです。
細江同時に、松島さんへの当たりも、キツくなった?
松島とにかく細かいんですよ。掃除する順番を変えただけで、「何、その順番は?」という顔をするし、こっちが忘れていることもよく覚えていて、「なんで?」という顔をするんです。その度に、「ごめん」と私が謝っている感じです。
細江真面目すぎて、すべてがきっちりしていないと嫌なんでしょうね。
松島“まぁ、いいじゃん”というところは、一切、ないです。多種順番が変わっても、最後は一緒なんだからいいでしょう? と言っても、「だめ。そういうことじゃないから」という冷めた目で見られます。
細江監督というかチェックマン。
松島まさに、そんな感じです(苦笑)。で、機嫌がいいときに、「こっちの方が良くない?」と提案をして。たまに、「今日は、それでもいいよ」と認めてもらえることもあるんですけど、レースが近くなると、ダメですね。絶対に妥協しません。
細江すごい!!こだわりが強い、職人さんみたい。また馬自身がレースが近いというのがわかるんですね。
松島理解していると思います。先生からも、前の担当さんからも、「一週前に、ジョッキーが乗って追い切ったら、そこでスイッチが入るから」と言われていましたから。
細江札幌記念の前も、そうでしたか。
松島一週前に、岩田(康誠)騎手が美浦で追い切って、日曜日に札幌に着いたんですけど、レースモードに突入したノースブリッジは、馬体もピカピカのプリプリで、こっそり見ては、ひとりで、ニヤニヤしていました(笑)。
勝った瞬間も、その後も、夢の中にいるようでした
細江レースはどういう気持ちでご覧になっていたんですか。
松島スタンドから見ていましたが、もう、ず〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと、ドキドキ、ハラハラでした。
細江あのスタートしてから岩田騎手の運びが秀逸でしたね。最後は2番手から抜け出すというレースとしては完勝でしたが、それでも、ドキドキ、ハラハラなんですね。
松島3コーナーで、一緒にレースを見ていた厩舎スタッフが、「勝つんじゃないの?」と言ったときも、4コーナーで、「これは勝ったでしょう!?」と言い出したときも、「後ろに強い馬がいる」「競馬はそんなに甘くない」と自分に言い聞かせていました。
細江では、松島さんが、「勝った!」と思ったのは、どのあたりからでしたか?
松島ゴールしてから……もっと言うと、ゴールしてからも、「嘘でしょう!?」という気持ちが強くて。表彰式でも、隣に、サッカーの元日本代表の小野伸二さんがいらして、パリオリンピックで、92年ぶりに馬場馬術競技でメダルを獲得されたJRA職員の戸本一真さんがいらして……ずっと夢を見ているような感じでした。
細江プレッシャーはもちろん、手探りの中ですから、気持ち的にはいかがでしたか?
松島とにかく、無事に出走させることだけを考えていて。調子がめちゃめちゃ良くても、思い通りの競馬だったとしても、それでも負けることがあるのが競馬だし、私自身、何度もそういう悔しい思いをしてきましたから。それを思うと、札幌記念はうまくいきすぎて、怖いくらいですが、私自身も重賞初勝利だったので感無量です。
(構成:工藤 晋)
細江 純子
1975年愛知県蒲郡出身。1996年JRA初の女性騎手としてデビュー。2000年日本人女性騎手として初の海外勝利(シンガポール)。2001年引退。引退後はホースコラボレーターとしてフジテレビ『みんなのKEIBA』関西テレビ『競馬BEAT』に出演。夕刊フジ・アサヒ芸能などにコラムを連載中。書籍は『ホソジュンのステッキなお話』文芸ポストでの短編小説『ストレイチャイルド』。