02. 今年最大の目標は――香港で、井山オーナーと記念写真に収まり、ハイタッチをすることです
女性厩務員は、珍しい生き物枠
細江松島さんは、厩務員課程で、私は騎手課程。競馬学校では一緒でしたから今年28年目ですが、周りの環境は驚くほど変わりましたよね。
松島私が厩務員課程で学んでいた当時、女性の厩務員は東と西に、おひとりずつで。細江さんも同じ経験をされていると思いますが、女性は、“面白枠”というか、“珍しい生き物枠”として括られていました(笑)。
細江どこにいても、噂の対象になる、みたいな(苦笑)。
松島それがいまでは、普通に女性用トイレはありますし、ひとつの厩舎に女性が、2人、3人いるところもありますし、女性がいるのがスタンダートになってきた感はあります。
細江わかります。自然になりつつありますよね。
松島先輩方もいますし、細江さんもそのおひとりですし、みなさん、大変な苦労をしながら切り開いてきた道なので、それを狭めないように――というのは、ずっと気持ちのどこかにはありました。
細江松島さんは、追い切りで落馬(2009年)をして、大腿骨を骨折。2年間、療養を余儀なくされたという経験もされています。
松島この仕事をしている以上、怪我はしょうがないし、復帰後も、馬に乗るのが怖いとは思いませんでしたが、正直、感覚のズレには戸惑いました。
細江どういうことでしょう!? もう少し、具体的に教えていただけますか。
松島記憶にある馬より、もっと、ずっと大きくて、速くて。リハビリを重ねて、完全体になって戻ったはずなのに、あれ? という感じでした。そうか、こんなに危ないことをやっていたんだということに、あらためて気がつきました。
細江なるほど。その時、無理がないとか、やめようかなとは思わなかった?
松島思わなかったですね。馬が好きだし、この仕事しか出来ないし、やめたらご飯を食べられなくなりますから(笑)。
1000日を超える在厩
細江話をノースブリッジに戻します。彼を語る上で欠く事のできないのが、1000日を超える在厩調整です。『10日競馬』が可能となり、在厩期間が短い調整となりつつある中、1000日を超える在厩は、すごいとしか言いようがありません。
松島すべての馬に当てはまるわけではありませんが、長い期間をかけて馬を観察していられることなど、メリットは大きいと思います。
細江わかります、引き出しが増えますよね。メリットとしては、どんなところを感じでいますか?
松島ひとつは、ノースブリッジ自身が、オンとオフを自分で切り替えることができる馬だったことです。そしてもうひとつは、時代に合わせて変えるところは変えるし、自分がいいと思ったことはやり通すという、奥村先生の競馬哲学と、それを許してくださったオーナーの井山さん。さらにもうひとつ、付きっきりで面倒を見てくださった岩田(康成)騎手のおかげです。
細江岩田さんとノースブリッジのコンビは、“俺は俺。仕事にはこだわりがあって、やるときは、やるから”というところがそっくりで、最高の組み合わせですよね。
松島昔では3ヶ月かけて調整していたのが今では10日間という短い期間で追切、調教をしていくという中でも、岩田さんは調教の時からずっと、馬の気持ち、馬の状態最優先で、馬のテンションが高いときは、とにかく時間をかけて、ゆっくり、ゆっくりなだめてくれて。いつもそんな感じなので、馬も岩田さんが乗るんなら大丈夫だ、落ち着いていていいんだと思っているところがあります。
細江深い視点で馬を見て、根気強く向き合ってくれるジョッキーがいてくれるのは、松島さんにとっても安心材料ですし、そこも、在厩調教のメリットですね。
松島毎日、いろんなデータが積み重なって。こういうときはこう、という対処法が出来上がっています。そういう意味で言うと、担当は私じゃなくても、他の人でも全然、問題ないんです。
細江いや、それは……。
松島もちろん、私にも、私なりのプライドも、矜持もあります。私が担当だったからと言いたい気持ちもあります。でも、ノースブリッジに関する限り、今、私が担当を変わっても、何の問題もないんです。困ったこと、疑問に思ったことがあっても、先生や岩田さん、いつも乗っている調教助手が、すぐに答えを返してくれますから。
細江引き出しが多くなればなるほど、馬も人も成長できますからね。
松島在厩調整と10日競馬、どっちがいいかではなくて、ノースブリッジにはこのやり方があっているし、在厩調整の場合、途中で方向転換もできるし、小さなアクシデントやミスは取り返せるので、気持ちに少しだけ余裕がもてるような気がします。
勝つことで恩返しを
細江今年、ノースブリッジの目標は?
松島年末の香港カップになるという話は聞いています。
細江ということは、始動は、天皇賞(秋)ですか。
松島その前にひとつ入れるかどうかは、先生と井山オーナーが相談してということになるので、私はノースブリッジのルーティンを守りながら、まずは、無事に出走させることを最優先にしていきたいと思っています。
細江彼の気分を害さないように、ですね(笑)。
松島札幌記念の後、たまに、ごく稀にですけど、触らせてくれることがあって。「おっ、いいんだ!?」と思って首を撫でると、急に、「勘違いしないで。甘えたいわけじゃないから」という顔で、いきなり怒り出すんですよね。
細江かわいすぎる。意地を張りすぎて自分でもどうしていいのか、わからなくなっている感じですかね(笑)。メンヘラかも。
松島そんな、感じです(笑)。たまには、甘えてもいいんじゃないの? と思うんですけど……プライドが許さないんでしょうね(笑)。
細江勝った後、感謝の気持ちを込めて、ハグをするというのは?
松島怖すぎて、無理です。醒めた目で見下ろされるか、上から乗り掛かられるか、噛まれるか、蹴られるか……完全にホラーです(苦笑)。
細江話は戻りますが、札幌記念で見せた岩田騎手とのハイタッチがすごくカッコよかったので、これからも見たいです。
松島ハイタッチに憧れていたので、岩田さんが手を出してくれたたときは、思わず、“やった!”快哉を上げながら、握ったコブシに力が入りました(笑)。
細江最大目標である香港カップに向けては?
松島海外での競馬は、検疫、輸送という、いつもとは違う、馬にとっては厳しい環境の中での競馬になります。それをこれまでに2度経験したことで、馬自身、いろんなことを学習して、納得しているとは思いませんが、彼なりに折り合いをつけている感じなので、やってくれると思います。
細江札幌記念では不在だった井山オーナーとも、香港でハイタッチですね。
松島オーナーには、これまでたくさんの馬を担当させていただき、馬の勝ち星と一緒に、たくさんの夢をいただいてきました。恩返しは、勝つことでしかできないので、これから、ひとつでも多く勝って、たくさん恩返しをしたいと思っています。
細江松島さん、岩田さん、奥村調教師、助手さん、そして井山オーナーとみんなで喜ばれる姿を期待してます。
松島はい。井山オーナーと一緒に記念写真を撮って、とハイタッチできるのを楽しみにしています。
(構成:工藤 晋)
細江 純子
1975年愛知県蒲郡出身。1996年JRA初の女性騎手としてデビュー。2000年日本人女性騎手として初の海外勝利(シンガポール)。2001年引退。引退後はホースコラボレーターとしてフジテレビ『みんなのKEIBA』関西テレビ『競馬BEAT』に出演。夕刊フジ・アサヒ芸能などにコラムを連載中。書籍は『ホソジュンのステッキなお話』文芸ポストでの短編小説『ストレイチャイルド』。