佐々木大輔騎手

ぶれない信念で夢に向かって走ってきたホープの意外な素顔

ゲストをお迎えしてお届けする「藤原菜々花のWe♡horses」。今回のゲストは佐々木大輔騎手です。2022年3月に騎手デビュー。同年JRAでの勝利数9勝から翌年は68勝と大きく飛躍し、2024年77勝、2025年81勝と、毎年勝ち星を増やしつづけている若手のホープです。前編では、佐々木騎手が騎手を志したきっかけについてお話を伺いました。

エイシンフラッシュの勝った天皇賞はすごく覚えています

藤原今回はデビュー5年目の佐々木大輔騎手にお話をうかがわせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。このインタビューは8月上旬にさせていただいていますが、今はどちらにいらっしゃるのですか?

佐々木函館競馬場の調整ルームにいます。

藤原函館の調整ルームなんですね。最近は美浦トレセンに戻って調教に乗られたりもしていたと思いますが、お忙しいですか?

佐々木そうですね。最近は比較的忙しいかなという感じです。

藤原夏の北海道シリーズでは多くの馬に騎乗されていると思いますが、この夏競馬のシーズンはどういうスケジュールで移動なども含めて動いていらっしゃるのですか?

佐々木今は札幌開催中ですが、基本的に平日は函館の方に滞在して調教をしていて、金曜日にレースへ向かうという感じのスケジュールです。

藤原金曜日に函館から札幌へ移動して、競馬場に入るという流れなのですね。北海道に滞在されている騎手の多くは、そういうスケジュールで動いていらっしゃるのですか?

佐々木そうですね。札幌に滞在する人と函館で滞在する人がいまして、今年に関しては半々くらいかなという感じですね。

藤原そうなんですね。佐々木騎手は、なぜ函館の方を選ばれているのですか?

佐々木僕の場合は、札幌よりも函館の方が調教に乗る数が多いので。

藤原そういう状況なので毎週、この時期は函館と札幌を行き来されているのですね。

佐々木そうです。大体そんな感じですね。

藤原ありがとうございます。いろいろとお話をうかがっていきたいのですが、まず佐々木騎手が、騎手を志したきっかけを教えていただきたいです。大体、何歳くらいから騎手になりたいと思われていたのでしょうか?

佐々木10歳くらいの時だったと思います。

藤原幼少期から馬と近い環境にいらっしゃった感じですか?

佐々木父親が競馬関係者(調教助手)なので、小さい頃から馬が近い環境だったというのが一番かなと思います。

藤原そうなんですね。小さい頃から馬が近くにいて、10歳くらいで騎手が将来の夢に変わったきっかけなどはあったのですか?

佐々木う~ん。やっぱり競馬場に行って競馬を見て、「かっこいいな」と思ったのが一番のきっかけです。

藤原当時、見ていたなかでかっこいいなと思ったレース、覚えているレースなどはありますか?もしあれば教えていただきたいです。

佐々木エイシンフラッシュの勝った(2012年の)天皇賞(秋)はすごく覚えていますね。

藤原へー。幼心にそのエイシンフラッシュの姿というのは、どんな感じで映っていたのでしょうか?

佐々木「何だかかっこいいな」くらいの感じですかね。

藤原一つのきっかけとしては、エイシンフラッシュが今の佐々木騎手の職業につなげてくれたところもあるのですね。

佐々木そうですね。あると思います。

乗馬はもちろん、塾に行って夜の1時くらいまで勉強

藤原9歳、10歳で騎手になりたいと思って、そこから夢に向かって何か取り組まれたことはありますか?

佐々木一番は乗馬だと思います。

藤原頑張って乗馬に取り組んでJRA競馬学校を受験するにあたって、特に努力したことはありますか?

佐々木そうですね…。乗馬も頑張っていたのですが、受からなかった時のために高校受験の勉強も頑張っていました。

藤原えー!それは“二刀流”というか(笑)。

佐々木そうですね。塾に通っていましたので。

藤原そうなんですね。お勉強をしながら乗馬を本気で頑張るというのは、かなり大変だったのではないですか?

佐々木そうですね。本当にかなりハードなスケジュールだったと思います。結構やばい生活を送っていたと思います(苦笑)。

藤原その「やばい生活」とは、どんな感じだったのですか?

佐々木朝に中学校へ行って、乗馬に行くために早退をするんですよね。昼食を食べて、次の授業が始まってちょっとしたくらいで早退して、自転車をこいで美浦の乗馬スポーツ少年団がやっている乗馬苑に行きます。それが夜の7時くらいに終わるんですけど、そこから塾に行って、夜の1時くらいまで僕は勉強をしていました。

藤原え?夜の1時ですか!?えー、もう乗馬で恐らく体力も削られてクタクタのなかで塾に行って、最後は夜中の1時までって、すごい精神力と体力ですね!

佐々木そうですね、今考えたら、結構頑張っていたなと思います(苦笑)。

藤原本当にすごいです!それで夜の1時過ぎに寝て、また朝早く中学校に行くという日々。学校を早退するのも大変だったのではないですか?学校の勉強についていくという意味では。

佐々木はい。でもその分を塾でやっていましたので。学校では大して真面目にやっていなかったですね(苦笑)。

藤原別に頑張るものがあったからということもあると思いますが、そういった努力があって夢の騎手の学校に受かって、その時の気持ちは覚えていますか?

佐々木一番は、やっぱりうれしかったですね。周りが高校受験で勉強を頑張っているなか、僕だけ(先に受験が終わって)のほほんとしていたりもして(笑)。

競馬学校の時はマジで馬に乗るのが嫌いでした

藤原みんなよりも早めに頑張っていた分、ゆっくりする期間もあったと思います。そこからいよいよ競馬学校に入られたわけですね。騎手の方へのインタビューで「競馬学校での生活は大変だから二度と戻りたくない」と聞くこともあるのですが、佐々木騎手の場合は競馬学校での生活はいかがでしたか?

佐々木あー…、嫌いですね(苦笑)。

藤原はっきりとおっしゃいますね!嫌いだったのですね(苦笑)。

佐々木あの…、馬が嫌いになるくらい嫌いでした。僕は。

藤原馬が好きで入ったけれど、それを嫌いになってしまうくらいと言うと、具体的にはどういうところから嫌いになってしまったのでしょうか?

佐々木もちろん体重(制限)もそうですけど、ちょっと毎日怒られすぎていたので、いやーもうしんどかったですね。本当に。

藤原思春期の成長期まっただ中で、体重制限もしなきゃいけないというのは大変ですよね。本当に尊敬します。結構、体重の調整は苦労された方ですか?

佐々木僕は周りに比べたら(体重に関しては)そこまではという感じでしたけど、やっぱり一番は実技がきつすぎましたから。「僕はこう乗りたい」という自分の考えと、競馬学校では「こう乗れ!」というものがあって、「いやいや、何でその乗り方をしないといけないの?」と僕は思ってしまいました。ずっとでしたね。

藤原そうなんですね、なるほど。

佐々木僕はマニュアル通りにグチグチと言われるのがすごく嫌だったので…。

藤原そうなると学校の環境というのは、ある意味でストレスというか羽根を伸ばしてやりたいようにはできるわけではなかったと。

佐々木はい。同期では結構楽しそうにしていた子とかもいたので、「やべーな、コイツ」とか思ったりもしてしまいました(苦笑)。

藤原それでも3年間、耐え抜いたというのはすごいですね。佐々木騎手が「こう乗りたい」という思いがあって、一方で教官が「こう乗れ」という、矛盾を感じるようなところに苦しまれたのかなと思います。それはご自身でどう乗り越えていったのでしょうか?

佐々木乗り越えてはないですね、正直。

藤原ある意味、反発したまま過ごして…。

佐々木そのまんまそうですね。反抗したまんま卒業したじゃないですけど。

藤原たぶん教官の方の記憶にも残る生徒だったのではないですか。

佐々木だいぶそういう態度も取っていたかなと思います。

藤原そうなんですね。私が佐々木騎手を拝見するのは、レースで騎乗されている時の姿とか、あとたまに取材で検量室で見かけた時の姿くらいしか拝見したことがないですが、いつも落ち着いていて爽やかな印象もあったので、競馬学校時代に反骨心を持って反抗していたというお話は、かなり意外でした。

佐々木う~ん、やっぱりきつかったですね。僕は成績もあまり良くなかったので。やっぱり怒られる度合いは上位組に比べたら、かなり多かったと思います。

藤原怒られるというのは、具体的にはどんなことで怒られたりしたのでしょうか?

佐々木何て言うんですかね…。「何でこれができないんだ!」とか、「何で誰々はできているのに、お前はできないんだ!」とか厳しく言われることがあって、競馬学校は馬に乗ることがメインの学校だとは思うんですけど、もう馬に乗るのが嫌すぎて、(その当時は)マジで馬に乗るのが嫌いでした。

藤原今の佐々木騎手を知っている身からすると、馬が嫌いだったっていうのはちょっと想像できない発言ですね。

佐々木本当に台風とかで中止にならないかなとか、いつも思っていましたね。

藤原もう天にも祈るような気持ちで、いかに馬に乗らずに済むかと考えてしまうほどだったのですね。そんなにつらいのに諦めずにやり続けたモチベーションは、どこにあったのでしょうか。

佐々木う~ん、やっぱりジョッキーになりたいというのが一番でした。いつも上位の成績の子たちにデビューしてから勝ってみせたいなとか、そういうのが強かったですね。

藤原なるほど。ある意味、負けず嫌いな、絶対にいつか上に行ってやる、という気持ちが助けてくれたのですね。不思議だなと思ったのが、馬に乗ることが嫌いになってしまったなかで、それでも騎手になるモチベーションは下がらなかったというのは、どういう感覚だったのですか?

佐々木すごく嫌いな気持ちで実技をこなしていたので、やっぱり上達はしないですよね。向上心もそんなになかったですし、特に1年生の頃とかは僕の人生で一番上達せず、身にならなかったと思います。

僕は絶対に馬から落ちてはいけないと思っています

藤原そうでしたか。もう嫌いと思ってしまったら頑張れるものも頑張れないという状況もありながら、競馬学校を卒業されて騎手になられて、お話をうかがっていると競馬学校時代は型にはまって「こうやりなさい」ということをやっていく環境だったのかなと思いますが、プロになってデビューされてからは、そのあたりの環境の変化などはありましたか?

佐々木もちろん師匠はいますけど、やっぱり騎手は一人のプロなので、とやかく「あーだ、こーだ」と言われることはなくなりましたね。

藤原それはご自身ではどう感じましたか?

佐々木全然、ストレスのない環境になってよかったです。はい。

藤原プロになって、やっと伸び伸びと自分らしく騎乗できたわけですね。

佐々木そうだと思いますね。

藤原馬に乗るのが嫌いになってしまったこともあった競馬学校時代の生活でしたけど、プロになってからは馬への気持ちは変わりましたか?

佐々木そうですね。馬が好きというより、馬に乗るのが好きという感じです。

藤原馬に乗るのが好きということで、ご自身が騎乗される際に特に大切にしていることなどはありますか?

佐々木やっぱり、まずは落ちないことですね。僕は絶対に落ちてはいけないと思っています。

藤原そこはやはりケガとかも含めて考えてのことですか?

佐々木そうですね。ケガもそうですし、やはり厩務員さんや多くの方が何週間もかけて、しっかりと調整したものを全部水に流してしまうことになるわけなので、絶対に落ちないようにと一番気をつけています。

藤原特に落ちないように工夫していらっしゃることなどはありますか?

佐々木調教の段階から常に馬の重心の真上に居続けることですね。それをちゃんと癖付けていくと、ほんのちょっとした馬の動きにもすぐに対処できるようになります。あとは「ネックストラップ」という(馬の首の根元に通した)輪っかがあるんですけど、それを離さないように。

藤原もう絶対に何があっても離さない、馬の重心の上にいる、というのは、なかなか私のような一般人からしたら分かりにくい感覚ではありますが、馬の重心ってどうやって感じるのですか?もし、言語化できたら…。

佐々木例えば馬って、平らな場所を歩いてると地面に向かって人も(体は)まっすぐなんですけど、例えば坂道があるとするじゃないですか。坂道だと普通に(体を曲げずに)乗っていたら、人も後ろか前に倒れてしまうので、下っていく時はちょっと起こしたり、上っていく時が少し前傾になったり、もう常に馬の真上。どんな動きをしても上にいるという感覚です。

藤原えー、そうなのですね。改めてすごい体幹を持っていらっしゃるのだなと感じました。

佐々木本当に癖付けるようにしています。

藤原常にその基本を大切にして、馬から落ちない、馬の真上にいる、ということを意識されていらっしゃるのですね。

佐々木そうですね。それが一番かなと思います。

藤原馬の個性もたくさんあると思いますが、馬の個性を把握するために工夫されてることなどはありますか?

佐々木競馬だったら返し馬が一番かなと思いますね。それである程度、どういう馬なのか、ちょっと観察できる感じです。

デビューして初勝利は、もう本当にめちゃくちゃうれしかったです

藤原返し馬はレースの10分前を切ったくらいでやっていらっしゃいますが、そこで個性をスパッとキャッチしてレースに備えるのですね。ありがとうございます。これまでいろいろな馬とコンビを組んでこられたと思うんですが、特に覚えていらっしゃるレースはありますか?

佐々木もう一番にパッと出てくるのは初勝利(2022年4月10日中山8Rをスイートカルデアで勝利)です。

藤原初勝利ですか。初勝利のレースを振り返って、どんなところが特に印象に残っていますか?

佐々木それは初勝利のレースもすごく下手に乗ってしまったのですが、その前の前走も僕が乗らせてもらっていて、もう全然めちゃくちゃ下手くそに乗ってしまって、絶対に乗り替わりだろうなと素人が見てもわかるぐらい下手でした。それでもオーナーさんと師匠が継続して乗せてくださって、レース内容自体は納得いきませんけど、本当に勝てたというのが、もうすごくうれしかったですね。今でも一番うれしいくらいです。

藤原オーナーさん、そして師匠の菊川正達調教師の思いに応えられた初勝利だったのですね。キャリアを重ねられて、重賞もたくさん勝たれて、GⅠにも乗るなどいろいろな経験をされてきたなかでも、やっぱり初勝利というのは特別なのですね。

佐々木そうですね。特別です。

藤原その初勝利を挙げた際にオーナーさんや師匠からはどんな言葉をかけられましたか。

佐々木先生からは「全然、まだまだだな」みたいな感じでしたけど、オーナーさんには「本当におめでとう!」と言っていただけて、もう本当にめちゃくちゃうれしかったです。

2年目の函館で武豊さんに「調子に乗らないように」みたいなことを言われました

藤原今でもパッとすぐに思い浮かぶくらい、その喜びの度合いというのはすごかったのだと伝わってきました。師匠のお名前が出ましたけど、佐々木騎手にとって師匠の菊川調教師はどんな存在ですか?

佐々木あまり「あれしろ、これしろ」とかは言わない先生です。

藤原それだと佐々木騎手と相性バッチリな気がします(笑)。

佐々木そうですね。ほどよく放任主義というか、そんな感じですね。

藤原そうですか。師匠は温かく見守ってくださるタイプの方なのですね。

佐々木そういうタイプだと思います。

藤原師匠も含めて先輩方やオーナーさん、いろんな方と関わってお仕事をされていると思いますが、ファンの方も含めて誰かからかけられた言葉で特に覚えていることや、すごく影響を受けた言葉などはありますか?

佐々木先生からは「謙虚に」ということですね。あと2年目の函館で武豊さんに「調子に乗らないように」みたいなことを言われました。それをすごく大事なこととして守っています。どれだけ結果を出しても、調子には乗らないように、ということは気を付けています。

藤原こうやってお話をさせていただいているなかでも、すごく謙虚で冷静な姿勢を感じられます。そのへんはそういった先輩たちの助言というものもあったのですね。謙虚でいなければ、と思っても難しいところもあると思います。気付かないうちに謙虚ではなくなってしまうこともあるなかで、キャリアを重ねられても、ずっと変わらないでいらっしゃるというのはすごいですね。

佐々木いや、僕が実際にできているかは分からないですけど、一応そういうふうにはやっているつもりです。

構成:スポーツ報知 坂本達洋

藤原 菜々花ラジオNIKKEIのアナウンサー。担当番組:「中央競馬実況中継」「ななかもしか発見伝!」「こだわり羽生結弦セットリスト」等

※この記事は 2026年9月20日 に公開されました。

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