三浦皇成騎手

ようやくスタートラインに立ったところ。もっと進化して勝ち続けないといけないですよね。

ゲストをお迎えしてお届けする「藤原菜々花のWe♡horses」。今回のゲストは三浦皇成騎手です。2008年にデビューし91勝で新人最多勝記録。「天才」と呼ばれた三浦騎手が、18年目で念願のJRA・G1初制覇を遂げました。前編では、レース後の心境や騎手を目指すきっかけなどをお聞きしました。

念願のG1初制覇

藤原ウインカーネリアンでのスプリンタースS制覇、おめでとうございます。念願の初G1制覇となりました。

三浦ありがとうございます。G1初制覇まで長い時間がかかったので嬉しいのはもちろんですが一番はホッとしました。長い間、勝手に色々なものを自分で背負っていたんですよね。自分で自分を呪縛していたように思います。いざ勝って、相当な重荷になっていたんだと気がつきました。

藤原スタンドのファンのみなさんも、最後の100mはウインカーネリアンと皇成騎手を一体となって応援する感動のレースでした。

三浦11番人気でしたし、ウインカーネリアンの馬券を持っていない人も多かったと思うんです。それでも、声援を送ってくれました。その光景に、改めて「競馬って素晴らしいな」と思いました。

藤原ウイニングランでは「皇成」コールがわき起こりました。

三浦戸崎騎手が「お前って、そんなに人気があったんだ」と冗談を言いながら喜んでくれました。G1を勝ってウイニングランって、騎手になったら誰もが、味わいたいものですよね。僕、何度か本当に“夢”でその光景を見て、朝起きてガッカリってことがあったんです。だから、「夢なら覚めないで」とずっと思っていました(笑)。

藤原23、24年とウインカーネリアンは厳しいレースが続きました。苦楽を共にした馬とのG1は格別でしたか?

三浦そうですね。それに、ウインカーネリアンは所属の鹿戸雄一厩舎の馬ですからね。先生やスタッフさんといった家族と言っていい人たちと勝利を喜びあえたのが嬉しかったですね。競馬の神様っているんだなと思いました(笑)。

藤原念願のG1を勝ったことで、見え方が変わったと感じますか?

三浦最大目標のG1が制覇できたし、燃え尽きたりするのかなとか思っていました。でも正直なところ、まったくありません。というか、早くまたG1を勝ちたいし、G1を勝ったことで責任感が生まれました。「もっと、頑張らないと」という緊張感がありますね。

藤原さらなる、ステップアップを目指すんですね。

三浦はい。というか、ようやくスタートラインに立ったところだと思っています。トップを走っているジョッキーたちに肩を並べるには、もっと進化してコンスタントに勝ち続けないといけないですよね。その方が、これまでより大変だと思います。だから、以前よりハングリーですよ。そこは変わったと思うし、自分でもビックリです。そういう意味では、1100勝することより、もっと重みのある1勝になったと思います。

騎手を目指したきっかけ

藤原皇成さんは、そもそもなぜ騎手を目指したんですか?

三浦5歳の頃に大井競馬場でポニーに勝負服を着て乗り、記念写真を撮るイベントに参加しました。それが、きっかけですね。そこからは騎手1本で、他の職業を考えたことはありません。僕が小学生の頃は、同じ夢を持つ子はいなかったので、同級生からすれば「あいつ、何を言ってるんだ」って感じだったでしょうね(笑)。

藤原騎手になるために、何か習い事はしましたか?

三浦水泳も習ったし、競馬学校の2次試験に項目があったトランポリン、柔軟性をつけるために器械体操、それから勝負勘を養うために剣道をしていました。剣道は小学生の時は、本格的に通っていましたね。1日に2、3の道場をはしごする日もありました。

藤原えっ、1日にですか?

三浦はい。学校から帰って東京の道場に行って、終わったら埼玉にある道場に移動して。その頃は東京、埼玉では個人で1位とかでしたし、全国大会にも出ていました。

藤原剣道家としての道も期待されていたのでは?

三浦そうですね。ある学校に推薦するというオファーなどはありました。でも、僕はジョッキーになるために剣道をしていたので、中学生になってからは乗馬中心になりました。剣道の試合は土日に多いので、そうなると乗馬に通えなくなるんです。だから、早く乗馬一本にしたいな~って思っていました。

藤原では、そこで「辞めます」って?

三浦もう、キッパリと(笑)。あっ、試験に合格するには勉強も頑張らないとと言われて塾にも通っていましたね。

藤原もう、スケジュールはパンパンじゃないですか。学校のお友達と遊んだりは?

三浦全然です。友達と遊んだのは競馬学校に合格してからですね。「これまでの時間を取り戻すゾ」と思ったんですけど、その頃には同級生たちは高校進学の受験勉強があるし…。

藤原剣道などは精神面の修養にもなりますが、騎手になってメンタル面の強化につながっていますか?

三浦剣道は相手との1対1の勝負ですが、勝つことへの感覚を身につけられたと思います。それから、礼儀作法ですね。騎手になって、いろいろな方たちと接するうえで、生かせているのではと感じます。

藤原子供の頃から、騎手になるための生活でした。競馬学校に合格した日のことは覚えていますか?

三浦もちろんです。いつも寡黙な父が、合格した日は、めったに飲まない缶ビールを大量に開けていました。相当、嬉しかったんでしょうね。僕が合格できたのは、両親のバックアップのおかげです。習い事をさせてくれて、騎手を目指すための環境を整えてくれました。本当に感謝しています。

藤原ご自身は合格を知っていかがでした?

三浦嬉しかったし、ホッとしました。僕の周囲はみんな、僕の夢を知っていたので、「これで、合格できなかったら、どうしよう」と考えたこともあります。だから、受かったと分かってプレッシャーから解放されました。

競馬学校での生活

藤原競馬学校での生活はどうでしたか?

三浦もう、苦しいことばっかりでしたよ(笑)。その頃の競馬学校は上下関係が厳しかったし、よく分からないルールがたくさんありました。今、思えばですが「ルールが守れないような人間に騎手はできない」ってことなんですよね。先輩との関係も、ルールを守ることもあたりまえの事です。命がけの仕事なんですから。

藤原食事制限が厳しいイメージがありますが?

三浦あの頃は、1日何カロリーまでと決まっていて、お菓子などは自由に食べられませんでした。その時は食べたいなと思っていたんですが、自由な環境になった今は、まったく食べたいと思わないですね。

藤原同期は、どなたになるんでしょう?

三浦伊藤工真と大江原圭です。同期で一緒に熱海に旅行に行ったりしますよ。工真は同じ美浦なので馬のことをよく話しますし、圭は障害競走で頑張っていますよね。お互いがリスペクトし合える関係だと思っています。そうそう、実は内田博幸さんも“同期”なんです。デビューの年、僕は91勝してJRA新人年間最多勝利記録を更新しました。でも、その年に内田さんは123勝したんです。だから、「本当は俺が最多勝だったんだけどな~」って(笑)。内田さんには、公私ともにお世話になっているんです。

藤原最高、最強の同期ですね(笑)。

馬に関することをキチンと話すことも、騎手の大事な仕事

藤原そう言えば、皇成騎手はレース後で疲れている時でも、マスコミなどにしっかりコメントしてくださいます。申し訳ないなと思いつつ、本当にありがたいんですが。

三浦レースのことは鮮度が大事ですからね。だから、1レース終わってスグに関係者の方たちに伝えなくちゃと思っています。冷めた後のコメントじゃ、うまく伝わらないでしょうからね。馬に関することをキチンと話すことも、騎手の大事な仕事だと思っています。

藤原簡単なことではないと思いますが、意識してなさっているということですか?

三浦そうですね。デビューの時に所属していた河野厩舎は、先生やスタッフさんが、調教後に「皇成、どうだった?」と聞いてくれていたんです。僕を信頼してくれてのことですから、そこでのひと言で今後の方針や、飼い葉の量など、いろいろなことに影響してしまいます。だから、「正しく早く伝えないと」という習慣があるのかもしれないです。

藤原新人騎手にはプレッシャーになりませんでしたか?

三浦いや、楽しかったですよ。自分の言ったことや厩務員さんたちの努力で、馬がどんどん良くなっていくんですから。1頭の馬に、かなり密に関われましたし、これって、なかなかできない経験です。本当に師匠もスタッフさんたちも、みんな真摯に馬に向き合っていました。その姿勢は今でも見習っています。

構成:スポーツ報知 志賀浩子
Photograher:山口比佐夫
広報担当:井手尾

藤原 菜々花ラジオNIKKEIのアナウンサー。担当番組:「中央競馬実況中継」「ななかもしか発見伝!」「こだわり羽生結弦セットリスト」等

※この記事は 2026年1月19日 に公開されました。

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