うまく行くことの方が、少ない世界。でも、競馬って、たま~~~に、すごくイイことがあるんです。

史上初JRA通算4600勝
藤原これまで、数々の記録を更新してきた武豊騎手。8月9日には史上初のJRA通算4600勝を達成しました。
武順調にいけば「今年の夏には達成できるかな」とは思っていましたが、いざその時が近づいてくると、周りからもいろいろと声をかけられましたね。だから、「早く達成しないと」という感じでした。順調に勝利を重ねていけば、いずれは達成できるとは思いましたが、実際に4600勝目を挙げられた時はホッとしましたね。
藤原池添謙一騎手が、ピョンピョン飛び跳ねながら、応援している動画がネットにアップされて話題になっていました。
武そういえば、あの日「きょう、達成してください!」って言っていましたね。しかも、「僕が乗っていないレースがイイです」って(笑)。彼も含めて、ジョッキー仲間や調教師さん、厩舎スタッフのみなさんが「おめでとう!」と声をかけてくれました。ありがたいし、うれしかったですね。

オグリキャップの存在
藤原これまで、たくさんの名馬に乗ってこられましたが、ご自身でターニングポイントになったと思う馬はいますか?
武今になってみると、オグリキャップですね。とんでもない人気馬でしたから。初めて乗せてもらったのは、1990年の安田記念でした。僕自身はデビューして4年の若手だし、すごい馬に乗るんだって緊張しましたね。
藤原芦毛の怪物と言われた国民的アイドルでしたが、乗った感触はいかがでした?
武乗りやすい馬でしたね。だから、安心って思ったんですけど、今度はファンのプレッシャーがね。勝ったから良かったですけど、負けたらどうだったんだろう…。「関西からきた若造のくせに」って言われたのかも。そう考えるとゾッとしますね(笑)。
藤原次に乗ったのは、同年の有馬記念でした。
武オグリキャップの現役最後のレースということで、中山競馬場に17万人を超えるファンがいました。「この人たちは、オグリを見にきているんだろうな~」って思ったら…ねぇ?
藤原負けた時のことを考えますよね。レース前に「お前、オグリやからな」って武さんが話しかけたらスイッチが入ったと聞いたことがあるんですが。
武いやいやいや、そんなにドラマチックな話ではないですよ(笑)。ポケットで、ちょっと肩ムチを入れたんですけど、その時にフッと出た独り言を、当時は騎手だった松永幹夫さんが聞いていたという。まあ、馬に言っても念仏だったかも。「黙って乗っておけ」ってオグリキャップは思っていたかもしれないし(笑)。まあ、自分としては、目の前に迫った仕事をしないとという、それだけでしたよ。でも、それを乗り越えて引退レースを勝てたのは大きかったと思っています。
藤原当日は大歓声だったと思うんですが、ああいう声ってジョッキーさんは聞こえるんですか?
武聞こえますけど、それよりファンの熱を感じますね。競馬を楽しむ人たちが、こんなにいるんだと。遠方から毎週、競馬場にきてくださる方もいらっしゃるでしょうし、そう考えるとやり甲斐を感じます。

39年目、モチベーションの維持の仕方
藤原デビューから39年、モチベーションはどう維持していらっしゃるんですか?
武好きな仕事をしているので、特に意識したことがないですね。きょうは乗りたくないと思ったことはありません。毎日、楽しいですよ(笑)。
藤原でも、勝負の世界ですし「うまく、いかないな~」という日もありますよね?
武それは毎週です。うまく行くことの方が、少ない世界ですから。でも、競馬って、たま~~~に、すごくイイことがあるんです。
藤原たとえば、日本ダービーを勝った時とか?
武ダービーを勝った時は、生産者とか馬主さんとか調教師もそうですけど、全員の人生を振り返る瞬間でもあるような気がするんです。そこに自分が立ち会えるっていうか、仲間としてね。すごいこれはダービーのプラスアルファっていうか、それを味わえる時は至福ですね。
藤原日本ダービー。改めてそれほど特別なものなんですね。
武競馬に携わる人たち、みんなの夢ですからね。いままで勝たせてもらった馬そのすべてに関係者の方々、それぞれの思いがありました。僕だってそうです。この世界に入った時は、ダービーを勝つことを夢見ていました。だって、勝った翌年のレーシングプログラムには、自分とコンビを組んだ馬が表紙になるし、記録にも自分の名前が残るんですよ。
藤原ダービーを6回も制した武豊騎手だからこそのお言葉ですね。
武いやいや、僕もまだ6回しか勝っていない。
藤原えー!そんな凄いです!
武でも7回目はどんな味わいになるんだろうとか思いますもんね。
藤原7回目のダービー制覇ですか。それは、ワクワクします!
武逆に藤原アナは目標とかあるんですか?
藤原目標ですか!いつか実況アナとして皆様に認めていただける存在になれたら、牝馬限定のG1を実況させていただければという思いがあります。特に、桜花賞やオークスは憧れのレースです。
武すごくいいと思います。乗りながら聞ける日を楽しみにしてます(笑)。初めて藤原アナの実況の声を聴いた時、関西で乗っていて、普通に準備や作業をしていたんですが、女性の声が聴こえてきて、みんな実況の画面をみてえっ!?って二度見ならぬ二度聞きしましたよ(笑)。
藤原そうだったんですね!初めて騎手の方の反応を伺いました!凄く貴重なお話をありがとうございます。
武これから先、女性実況アナウンサーを目指す方もでてくるんじゃないですか?パイオニアとして頑張ってほしいです!
藤原夢のようなお言葉の数々…すごく力をいただきます!一生懸命頑張らせていただきます。

いま改めて振り返る競馬学校の頃
藤原改めて、武豊騎手といえば日本ダービーの最多勝利記録だけでなく、これまで数々の記録を打ち立てていらっしゃいました。その、最初の一歩は競馬学校からですよね。
武もちろんですよ(笑)。僕は競馬学校の第3期生として入りました。1984年って昭和59年ですからね。まだ昭和ですよ(笑)。
藤原学校での生活は、いかがでしたか?厳しかったとおっしゃる方が多いですけど。
武子供の頃から騎手になりたかったので、その道に一歩踏み出せたという気持ちが強かったですね。授業が進むたびに、夢に近づいているな~って。だから、うれしいってばかり。嫌だと思ったことはありませんでした。
藤原騎手になりたい!と思ったきっかけは?
武父が騎手(武邦彦氏)だった頃は、栗東トレーニングセンターの厩舎に住んでいたんです。だから、当時のスタージョッキーの河内洋さんとかが身近にいたんです。すごく憧れましたね。当然、父の存在も大きかった。一番、憧れたのは、やっぱり父ですね。
藤原お父様の武邦彦騎手は、タケホープやロングエースなどに騎乗したスタージョッキーですもんね。
武父が有馬記念や天皇賞を勝つ姿を見て、「カッコイイな~」と思いました。自分が騎手になってみると、より父がスゴい人だなと感じましたね。トレセンに入ると、周りの人たちが父の話をしてくれるんです。誇らしかったですね。
藤原お父様の偉大さを感じたんですね。

構成:スポーツ報知 志賀浩子
Photograher:篠原美穂子
広報担当:井手尾

藤原 菜々花ラジオNIKKEIのアナウンサー。担当番組:「中央競馬実況中継」「ななかもしか発見伝!」「こだわり羽生結弦セットリスト」等