レースを邪魔しない彩り豊かな実況者になっていけたらなと思ってます。

競馬場内初の女性実況アナウンサー
――いつもは、ゲストの方にインタビューをしている藤原菜々花さんへ、今回は突撃逆インタビュー特別編!さっそくお話をうかがいたいと思います。
藤原なんだか、恥ずかしいですね(笑)。
――藤原さんはラジオNIKKEI初、そして競馬場内実況初の、女性実況アナウンサーとして活躍なさっています。実況アナとして、デビューするまでの道のりを教えてください。
藤原2020年に入社した時は、競馬のことは何も知りませんでした。それで、まずは予想をすることから始めました。その予想の根拠を書いて中野雷太アナに添削をしてもらうんですが、予想をするうえで、いろいろと調べるうちに競馬用語や血統などを覚えていきました。そして、その年の11月にパドックMCデビューを果たし、次に競馬番組のMCをすることになりました。実況の練習は4年ほどしました。
――その4年間は、いわゆる下積みってことですね。
藤原そうですね。実際に実況する時に使う、“塗り絵”の作業もするんですが、競馬実況強化期間みたいな感じで3日間開催、36レースなんてこともありました。
――えぇ~!でも、塗り絵作業って枠順が決まってからでないと、できない作業では?
藤原はい。なので金曜に土曜の分の12レース分を塗って、また土曜に日曜の、日曜に月曜開催のと、3日間繰り返しました。とにかく、馬を追うのに精一杯ですし、なかなか全レースに集中するのが難しくて。
――それは、凄く大変そうです…。塗り絵って、どんな作業をするんですか?
藤原まずは、馬番順に黒の水性ペンで馬名を書いていきます。次は色鉛筆で、各馬の勝負服を塗って…。
――それを、全部のレースで…大変ですね!
藤原で、そこから馬名を隠して、勝負服だけで馬名がポンポンポンポンポンって出てくるように覚えていきます。最初は、これができませんでしたね。だから、「スタートしました」と言ってから、「1番前にいるのが○○で、2番手がえぇ~っと」って馬名が出てこなくて。でも、モタモタしていたら4コーナー、さらにゴールってレースはどんどん進んでしまいます。最初は2頭ぐらいしか馬名が言えなくて終わっていました。

(実際作成した、競馬実況用の塗り絵です)
「とにかく数こなせ」
――何か自分なりの特訓をされたんですか?
藤原とにかく実戦を見て練習をしました。先輩にも「とにかく数をこなせ」と言われましたね。
――数をこなすことって、どの仕事でも大切ですよね。そして、2024年1月8日の『中央競馬実況中継』の番組内で、実況アナウンサーとしてデビューをなさったんですよね。実況するにあたって、競馬場による違いはありますか?
藤原かなり違います。中山はスタンドにある放送席の角度の関係からコースが見やすいですね。ただ、最後に飛んでくる馬がいると直線が短いので大変です。最後の攻防を追っていて、見えないところからビューンときた馬に早めに気づいていないと、急にその馬の名前を言うことになりますよね。「この馬、どこからきたの?」って突然ワープしてきたような実況になってしまいます。
――逆に直線が長い東京競馬場はどうでしょう?
藤原直線が長い分、余裕を持てますが、接戦になることも多く、また違った難しさもあります。コースが広く、放送席の位置が高いところにあって、さらに3コーナーと対角線になる位置にあります。特に、3コーナーが見えにくいですね。
――実況中は双眼鏡でレースを追うんですか?
藤原はい。でも、霧が深いなど、どう頑張っても見えない日はモニターを使っています。東京競馬場は双眼鏡とモニターを使い分けて実況をしている人もいますよ。私はモニターでは全体像が追いにくいので、基本的には双眼鏡を使っています。
――見にくいと言えば、同じ勝負服の馬が複数いた場合は、どうしているんでしょう?
藤原帽子の色で見分けています。でも、天気のいい日は勝負服も、帽子もお日様に照らされて、光で色が飛ぶんです。全部黒く見えちゃうんですよ。特に秋の晴れた東京は要注意ですね。そう考えると、一番の敵はお天気かも(笑)。

競馬実況は大変?
――ゼッケン番号で、馬を見分けているわけじゃないんですね。
藤原馬群に入ったらゼッケンは見えないので、それを頼りにすると実況ができなくなるんです。そうそう、同じ勝負服もですが、似た勝負服が同枠の場合も難しいですね。
――たとえば?
藤原ゴドルフィンさんと、広尾さんとか。どちらも全部青ですよね。ただ、ゴドルフィンさんは袖に水色一本輪、広尾レースさんは袖が緑一本輪。でも、別々の馬主さんなので、染め分け帽にもならないし…。
――そういう場合は、どう見分けてるのですか?
藤原まずは、馬の毛色ですね。ラッキーな場合は片方が芦毛で、もう片方は栗毛とか。次は馬具です。メンコをつけているとか。これもダメなら脚質です。どちらの馬が、前にいる可能性があるかなどを考えます。
――それは、大変ですね…!絶対に見分けなくちゃ、ならないですもんね。
藤原はい。それもあって、実況アナウンサー以外にも後ろにバックアップしてくれるアナウンサーが2人いて、3人体制で実況をしています。
――そうなんですか!その3人の役割は?
藤原実況をする人、展開を取る人。で、3人目が実況の担当者の後ろについて、バックアップをする人です。たとえば馬名や番号を間違えている、競走中止の馬がいるなど、レース中にあったことを見てくれています。このバックアップのアナに、「この馬とこの馬を間違えていたら指摘をお願いします」と、みんな事前に伝えておきます。
――間違えないためのフォローの体制もしっかり組んであるんですね。
藤原そうですね。ミスをしないように細心の注意を払っていますが、ミスをしてしまう時もどうしてもあります。なので、間違えたら、ちゃんと訂正すること、と指導されています。塗り絵をしながら、「勝負服は違うけど、ここは間違いやすいだろうな」と事前に把握しておくことが、ミスを防ぐことに繋がるかなと思います。

実況アナとしての課題
――いま、実況アナとしての課題はありますか?
藤原課題だらけなのですが...事前に「この馬は噛みそうだな」って思った馬は、本番でも噛んじゃう…。練習の段階で何回か噛んだ時は、本番でもやっちゃうんですよね。
――気にしているとミスっちゃう!あるあるですよね。
藤原間違えたときは馬主さんやレースを楽しみにされているファンの方々のことを考えちゃいます。大切な馬の名前を、ちゃんとお呼びできなくて申し訳ないなと。どの馬主さんも、我が子のように大切にされていると思いますし、ファンの方々もワクワクしながらレースをご覧になっていると思います。だから、道中でなるべく全頭の馬名を1回は呼ぶことも心がけています。
――それは、馬主としてもファンとしても嬉しいです。自分の馬もですが、馬券を買ったり、ファンとして応援している馬の名前が一度も呼ばれないのは、寂しいものですから。大切な配慮だと思います。
藤原馬主さんはもちろんですが、馬への思いは調教師さんもジョッキーさんも、みんな同じだと思います。関係者のみなさんへのリスペクトを忘れずに実況をしなくてはいけませんし、そのためには下手なものは出さないようにしないと!と考えています。ただ、思いだけあっても技術が伴わないと成し遂げられないので、もっと上手くならなきゃいけないですね。
――目標やお手本にしている、先輩アナウンサーはいるんですか?
藤原みなさん尊敬していますが、小塚歩アナの実況は、いい意味で教科書のようで癖がないから聴きやすいんです。ワードは少ないですが、場面が1個1個ちゃんと聞こえて、ちゃんと描写されています。その淡々とした中に、すごい競馬愛を感じるんです。
――たとえば、どんなところでしょう?
藤原ダノンデサイルは皐月賞で競走除外になりましたが、その後の日本ダービーを制覇しましたよね。その実況で、ゴール後に「あの時の難しい決断がダービーで実を結びました」って。関係者の方々に想いを寄せたリスペクトに溢れた愛のある言葉だと感じました。
――たしかに、短い言葉ですが、陣営やオーナーの皐月賞での悔しい気持ちや、横山典弘騎手の「出ない」とした英断があってこそという意味が込められていますね。言葉の選び方が、とても大切なお仕事だと実感しました。

実況を意識させない実況を目指して
藤原私が実況練習を始めて1年ほどの時、2着が2回続いている馬がいたんです。それを練習で「惜しい2着にピリオド」って言った私に、指導してくれていた中野雷太アナが「本当に惜しい2着なの?」と。よく見ると、1着から離されていたんです。着差も考えて使い分けないといけない。惜しいって簡単に使っちゃいけないと学びました。
――細かい配慮が必要なんですね。
藤原実況はちょっとした違いで、ニュアンスが変わってしまいます。たとえば、これも中野アナから言われたんですが、最後の直線で「内で」って言うのと、「内から」と言うのでは違うよねって。「内で」は止まっている感じがして、「内から」は動いている感じがすると。
――たしかに…。
藤原助詞の使い方ひとつで変わってしまう世界なので、本当に言葉選びを常に模索しています。
――ところで、ご一緒に藤原さんの実況を聴いてみませんか?2025年4月12日の中山1レース、3歳未勝利戦。勝ち馬はレディーフランシス号です。
~実況が流れる~
藤原もう、未熟なところだらけで、自分で赤ペン先生がしたい…。
――このレースの場合、どこに注意しているんですか?
藤原まず、どの馬がどこにいるかを見ています。そして、人気馬が道中で、どこにいるかを強めに言って、聞いている人がインプットできるようにしています。4コーナーの場面で、「外からは9番モーニングマジック上がって」って言っています。間違いではありませんが、「外から9番モーニングマジックが前3頭に並んで行って」と言う方が、どれだけ外にいるかが、もっと伝わったかなと。
――直線はどうでしょう?
藤原前に勝馬のレディーフランシスと2着馬がいて、3番手にモーニングマジックが上がって行きましたよね、これを「前2頭に接近して行く」って言っていますが、前2頭まで3番手のモーニックマジックでも3馬身差ぐらいあるので、「接近して行く」というワードは適切じゃなかったなと。
――脚色比べ的に思ったより伸びなかったってことですよね。
藤原接近したと思った瞬間に、ぱっと離されちゃったので、そこはちょっと、もうちょっと見極めるべきでした。反省です。音だけでレースの内容を伝えるわけですが、もっと立体的な実況ができるようにしていきたいですね。
――藤原さんの考えるこうありたい、なっていきたいという実況アナウンサー像ってありますか?
藤原実況を意識させない実況がベストだと思っていて、自然と右から左に流れるというか。レースを邪魔しない実況者になっていきたいなと思っています。 まずは間違えずに正確にシンプルにお伝えできるよう頑張っていきたいです。そしてその先に自然と自分の色であったり、もっと白熱したレースを伝えられるようにとか、そういった、彩り豊かな実況者になっていけたらなと思っています。

構成:スポーツ報知 志賀浩子
Photograher:山口比佐夫
インタビュアー・広報担当:IDEO

藤原 菜々花ラジオNIKKEIのアナウンサー。担当番組:「中央競馬実況中継」「ななかもしか発見伝!」「こだわり羽生結弦セットリスト」等
