競馬学校騎手課程特集

厳しい訓練や指導にある思いとは...? 生徒の悩みや本音をもとに大藪俊介教官へ直撃インタビュー

取材前に生徒さんたちにアンケートを実施。そこには、入学前にやっていたほうが良かったことなど、入学前後の生徒さんたちの悩みや本音が。そこで、卒業間近の41期生を指導した、大藪俊介教官に彼らの思いをぶつけてみました! そのお話しから、厳しい訓練や指導の、ひとつひとつに意味があることが分かります。

藤原今日は、学校内で生徒さんたちの訓練や座学の様子を拝見しました。厳しい校風とばかり思っていましたが、生徒さんたちは楽しそうですね。それが、いい意味で意外でした。

大藪いやいや、朝の5時が起床で、そこから作業がある。ここでの3年間は、楽ではないと思いますよ。

藤原3年間、どんなカリキュラムが組まれているんでしょう?

大藪1年生は騎乗訓練からです。基本乗馬を徹底して教え、馬に乗っても自身が自由に動けるようにし、馬をコントロールできるようにします。

藤原まずは、基本をしっかり学ぶんですね!

大藪はい。その年の8月ぐらいから、いよいよ走路での訓練です。馬を走らせる上での姿勢を学び、徐々にスピードが出せるようにしていきます。そこから、3か月に1回、試験があります。求められている難易度がクリアできるようにですね。2年生は東西のトレーニングセンターでの厩舎実習です。ここでは、研修先の調教師の指示に従うことになります。

藤原よく、トレセンで初々しい学校生を見かけます!

大藪その研修は3年生の8月に終わり、競馬学校に帰ってきます。そこからは、デビューに向けての実戦課程には入ります。

藤原さきほど、馬場に出ていたのは卒業間近の41期生ですよね。一列に連なって運動されていましたが、あの訓練には、どんな意味があるんでしょうか?

大藪今日は、集団練習をさせていました。レースで先行した場合、後方からきた馬に突っかかれば、自然と馬は苦しくなりますし、コントロールが難しくなります。

藤原実戦を想定してのものなんですね。事前に生徒さん達にお願いしたアンケートでは、「しんどいこと」に厩舎作業を上げている子が何人かいました。

大藪それは、大変ですよね(笑)。生徒達には3頭の担当馬がいます。朝はその担当馬の馬房の掃除から始めます。厩舎内のワラを上げ、掃き掃除をする。それを3回繰り返します。かなり体力のいる仕事です。入学してすぐの頃は、1つの馬房の作業に30分ほどかかる子もいます。これが、慣れてくると20分でできるようになっていきます。

藤原それでも、大変さは変わらないですよね…。

大藪そうですね。手入れをしていれば、ボロ(馬ふん)を見て、今の馬の健康状態を知ります。それに、食欲がいつもと違ったり、元気がない日もあります。その馬からの信号を、どれほど拾えるか。

藤原作業を通して、馬への寄り添い方を学ぶんですね!

大藪はい。それに、騎手は馬に乗ればいいというわけではありません。トレセンでは日々、同じ作業をしてレースに馬を送り出してくれる厩務員さんたちがいます。その仕事の大切さと、感謝の気持ちをもつことにもつながるので、絶対に外せないものなんです。

藤原その作業を365日するんですよね。お休みが少なく、休日の門限も厳しいようですが?

大藪アンケートに書いてありましたか(笑)。生き物が相手なので、本来は休みはありません。毎週、日曜日はお休みですが、自由時間は朝の馬房作業をしてからです。それに、当番となった子はお昼過ぎには学校に戻って、厩舎作業をします。遊ぶ時間は、ほぼありませんね。

藤原大変さがわかります。でも、生徒さんたちのモチベーションは高いようです。

大藪毎年、1年生は日本ダービーの見学に行きます。たくさんのファンが、馬と騎手に大きな歓声を送っていますよね。生徒たちは、それまで親御さんに連れられて競馬場にきたり、テレビで観戦することで競馬をみてきました。でも、学校生となったことで、当事者として初めてレースを見ます。3年間頑張って、あの舞台にいつか立つんだと、前向きな気持ちになるんですよね。

藤原いまの3年生は、ドウデュースがダービー馬になる瞬間を目の前で見ているんですよね。そのためか、勝ちたいレースにも、日本ダービーを上げている生徒さんが多かったですね。そうそう、入学前も入学後も筋トレを「やっておけば良かった」という生徒さんたちが多かったです。

大藪とにかく体力ですから。とはいえ、持久力を上げるということではなく、下半身の安定が重要です。ですから、マシンを使うようなトレーニングより、たくさん馬に乗ることですよね。乗った数だけ、下半身が安定します。馬に乗れない時間は、木馬に乗って鍛えていきます。

藤原マッチョな体ではなく、しなやかで安定感のある騎乗姿勢を保つ筋肉が必要なんですね。

大藪あとは、週に1、2回、フィジカルトレーニングの授業があります。ここで大切なのは、自分の体がどう動くのかを把握する、空間認知力を上げることです。

藤原空間認知力ですか?

大藪自分の体の大きさを意識し、どんな動きができるか。さらに、自分が思うように動かせるようになることを目的とした授業です。馬に乗るというのは、複雑な動きの連続です。常に自分の手足をバラバラに動かす必要があります。ですから、たくみに体を使うことが重要になります。

藤原たしかに、大雑把な認識ですが、両手はハミを、足はアブミを通して、馬に指示を送り続ける必要がありますもんね。

大藪そうですね。さらに馬のバランスを感じ取り、どこを重心に乗るかを考えなくてはいけません。馬から色々なことを感じ取り、そのためのアクションをとれるのが一流ジョッキーです。ですから、入学前は全身を使う運動をしていると、いいかと思います。むしろ、乗馬経験はなくてもいいです。

藤原そうなんですか!

大藪美浦の松岡正海、田辺裕信も乗馬未経験で入学してきましたよ。だから、騎手になりたいと思ったら、まずは一歩踏み出してほしいですね。

藤原そうそう、食事の管理に関して苦しいという生徒さんたちが、いなかったのですが?

大藪41期の場合は極端に背が高かったり筋肉質な子がいないので、比較的管理に苦労しないのだと思います。現在の合格基準の体重は年齢によって違いますが、16歳で入学する場合は46kgです。入学後は年齢が上がるごとに、基準体重は増えていきます。

藤原学校生の間は毎朝、体重測定があるんですよね?

大藪はい。基準を超えたからといってペナルティはありません。でも、41期は卒業が近いので、年明けに模擬レースがあったんですね…。

藤原年末やお正月を挟みますね!
嫌な予感が…。

大藪そうなんですよ。体重の制限を50~51kgと、割と厳しいものを課しました。そうしたら、直前になって絞ったり…。もう、一番やってほしくないことなんですよね。さすがに、この時は厳しく指導しました(苦笑)。

藤原あららっ、それは大変!

大藪いま自分で体重管理ができないと、デビューしてから苦労することになります。誰も管理してくれなくなりますから、好きなものが食べられますし、会食の機会もあるでしょう。その時、体重の管理ができなければ、騎手として淘汰されることになります。

藤原現役生活を長く続けるためには、体重管理は重要ですね。ほかに、「これは、見逃せない」ということは、ありますか?

大藪馬に感情的にあたることです。自分の感情を馬にぶつけるのは見逃せません。それと、馬の手入れですね。馬装の時点でブラッシングをしますが、この時に馬の全身をキレイにします。もし、馬場に馬のお尻が汚れている状態で出てきたら、それはキチンとブラシをかけていないということです。

藤原それは、馬を大切にしていないということですよね。

大藪そうです。ブラシをかけて全身をみるのは、馬のケガの発見にもつながります。それをしていないのは、なあなあにはできません。

藤原そういう意味では、座学で馬のケガについて学ぶのも大切ですね。

大藪座学では馬の体の作りやケガなどを勉強する馬学、競馬に関する法規を学びルールを覚える授業などがあります。

藤原もりだくさんですね。その中で、生徒さんに人気な授業はなんでしょう?

大藪茶道でしょうね。授業でお菓子が食べられますから(笑)。先生も優しいし、生徒たちにとって、癒やしの時間だと思います。

藤原お茶の時間があるんですか? 意外です! では、競馬学校を卒業すると、お抹茶がたてられるようになるんですか?

大藪全員できるようになりますよ(笑)。いや、本来は、あいさつや、礼儀作法を教えていただく授業なんですよ。

藤原トレセンでスタッフの方々と接するには、あいさつや礼儀作法が身についていれば助けられる場面は多いでしょうね。では、大藪教官から、騎手を目指す子供たちに、伝えたいことはありますか?

大藪馬が好きなら、こんなにいい仕事はないと思います。もちろん、遊びたい盛りの3年間は楽ではないでしょう。デビューしてからも、乗り馬に恵まれない時期を過ごすこともある。それでも、諦めないことです。田辺騎手など11年のアンタレスSをゴルトブリッツで勝って重賞初制覇をするまでにデビューから8年かかりましたから。

藤原そこから、さらに14年フェブラリーSをコパノリッキーで勝ってG1初制覇。あきらめずに、努力をするのも騎手の仕事ですね。

大藪厳しい道のりですがチャンスは必ずきますから。騎手候補生になった時点で、宝くじを持ったも同然です。それを、大きな当たりにするかは自分次第なんです。あと、騎手になろうか迷っている子達に言いたいのは、さきほども話したように乗馬経験はいりません。その技術は、わたしたちが教えます。だから、門を叩いてほしいですね。

騎手課程候補生の皆様、教官をはじめ競馬学校関係者の皆様、取材にご協力いただきまして誠にありがとうございました。

構成:スポーツ報知 志賀浩子
Photograher:山口比佐夫
広報担当:IDEO

藤原 菜々花ラジオNIKKEIのアナウンサー。担当番組:「中央競馬実況中継」「ななかもしか発見伝!」「こだわり羽生結弦セットリスト」等

※この記事は 2025年2月21日 に公開されました。

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