きょうの蹄音 競馬にまつわるちょっといい話

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レッツゴーターキンが亡くなったそうです。1992年の秋の天皇賞を11番人気で勝った個性派ホースでした。それまでに勝った重賞は小倉大賞典と中京記念だけ、栄光と賛辞に包まれた1番人気トウカイテイオーとは比較にならない地味な“裏街道のスター”にすぎませんでした。

祖母シャダイターキンは社台ファームと吉田善哉さんにオークス初勝利をプレゼントした孝行娘でした。彼女に大社台の屋台骨を築いたノーザンテーストがつけられ生まれたのがレッツゴーターキンの母となるダイナターキンです。社台の誇りを凝縮させたような血統です。

父ターゴワイスは今となってはいささか地味に映りますが、当時はフランスに残した産駒から凱旋門賞馬オールアロングを出し、新進種牡馬として期待を集めていました。

そうした血統背景だけなら注目されて当然です。ところが、『じっくり話し合いたいが、どうしてこいつは口が利けないんだ』と牧場関係者を嘆かせるほどの気性難で調教も思うに任せない、そんな状態は橋口弘次郎厩舎に入っても変わらなかったようです。

ヤンチャなんてものじゃない暴れん坊のレッツゴーターキンがローカル開催で良績を残したのは滞在競馬が合っていたのでしょう。そんな彼が晴れ舞台で大仕事するのですから競馬は不思議です。

馬主の日本ダイナースクラブは現在のサンデーレーシングの前身、今でこそG1ホースが掃いて捨てるほど居並ぶ同クラブですが、レッツゴーターキンの天皇賞はクラブ初のG1制覇でした。橋口調教師にとっても記念すべき初G1となりました。ヤンチャ坊主がとんでもない孝行息子に変身したわけです。

種牡馬としては不遇でした。彼が牧場に戻って種付けをはじめた94年という年は、サンデーサイレンスの初年度産駒がデビューしています。時代は急速に非ノーザンテースト系を求めはじめており、ご紹介したように母父ノーザンテーストの彼にとっては配合相手にも苦労する日々が続きます。

名馬として殿堂入りしたり讃えられるわけじゃないのですが、関係者の皆さんには可愛い馬だったのでしょうね。あらためてご冥福をお祈りします。

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