きょうの蹄音 競馬にまつわるちょっといい話

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今月一杯で勇退される郷原洋行調教師の騎手時代のあれこれの思い出をお話しさせてもらっています。アイドルホースたちに対して真っ向勝負を挑みねじ伏せてきたイチフジイサミやグレートセイカンとは素晴らしいコンビでした。“被害馬”はハイセイコー、キタノカチドキ、トウショウボーイ、歴史に名を刻む名馬、名だたるアイドルホースばかりです。

それはさておき、郷原騎手の名勝負の一番は、あくまで独断と偏見ですが、77年の菊花賞だったと思っています。郷原騎手の騎乗馬は芦毛のプレストウコウ。岡部幸雄騎手、安田富男騎手からバトンを受けて秋口の京王杯オータムHからコンビを組み始めたばかりでした。古馬相手の京王杯で2着に健闘したプレストウコウは調子を上げ、セントライト記念、京都新聞杯とトイアル連覇で臨みますが、本番・菊花賞は3番人気と案外に低い評価で迎えます。

父グスタフはグレイソヴリン系のスプリンターで現役時代はイギリスで1200m以下の勝ち星しかありません。半兄ノボルトウコウもスプリンターズSの勝ち馬とあって、3000mはいかにも長いと思われたのでしょうね。

レースは1000m通過タイムが60秒3の平均ペースで流れますが、2週目の向こう正面では14秒2-13秒8と極端に落ちました。2番手を進んだダービー馬ラッキールーラがたまらず先頭に、それを合図に後続各馬がマクリ気味に進出を開始し、三角の坂の頂上あたりで郷原騎手のプレストウコウがズルズルと後退していくように見えました。場内にドヨメキが広がります。

しかし、それは“見えた”だけだったのです。

直線を向くと郷原騎手の剛腕に励まされるように、プレストウコウは一気に伸びて先頭でゴールインしていました。本質的にステイヤーとはいえないプレストウコウですから、脚を溜めるだけ溜めなければ勝機はなかったでしょう。行く馬は行くだけ行かせて脚を溜め爆発的な末脚の餌食にする、これしかないという郷原騎手の頭脳的なファインプレーでした。馬券は外れましたが爽やかな気持ちになったのを覚えています。

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