きょうの蹄音 競馬にまつわるちょっといい話

ジャイアント・キラー

サッカー・ワールドカップで世界中が盛り上がっています。いきなりサウジアラビアが南米の強国アルゼンチンを倒したかと思ったら、優勝4度を誇るヨーロッパ王者ドイツにチーム日の丸が逆転勝利と熱気沸騰の毎日ですが、どうやら「ジャイアント・キラー」(大物喰い)が今秋のキーワードなのでしょうか?そこで「ドーハの仇を東京で」と意気込むのが、ドイツの新星テュネスです。前走のG1バイエルン大賞を10馬身ぶっちぎる鮮やかな逃げ切りで目下5連勝と勢いに乗っています。半兄トルカータータッソは昨年の凱旋門賞馬で、今年も力強く3着に追い込んで来た生粋の2400mランナー、血統的背景は申し分ありません。名匠ペーター・シールゲン調教師が率いる“チーム・テュネス”にはドイツで頑張っている寺地秀一騎手も帯同して日独混成でドーハの悲劇を東京の歓喜へと変えるジャイアント・キラーを果たしてくれるでしょうか?


レース後には社台ファーム入りが決まっているグランドグローリーですが、この馬の血統には“不屈の逆転魂”が脈々と流れているようです。オーストラリアで一大山脈を築き上げたデインヒルに遡る父系ですが、祖父ショワジールは遥々ロイヤルアスコットに遠征し、開幕日のキングズスタンドSを13番人気でジャイアントキリングに成功すると、わずか中3日で行われたエリザベス女王の即位50周年を祝賀するゴールデンジュビリーSも連勝して、競馬の母国の人々を二度ビックリさせました。その仔スタースパングルドバナーもさらに数奇なストーリーで世界のホースマンに強烈な印象を残しています。彼は父同様にイギリス遠征にチャレンジし、ゴールデンジュビリーSで父仔制覇を達成すると、続くスプリント頂上戦ジュライCも連勝して欧州短距離王者に輝きました。クールモアで種牡馬入りすると、初年度からジャパンC出走のユニコーンライオンの兄としても有名なザワオシグナルを出して将来を嘱望されます。しかし受精率に問題があり現役に復帰、試練の日々に耐えて再びクールモアに戻るとステートオブレストという孝行息子を世に送ります。彼はアメリカを皮切りにフランス、イギリス、オーストラリアと4カ国でG1制覇する国際派に成長するのですから、サラブレッドの運命は分かりません。


ドラマティックな名馬の宝庫ショワジールのもう一頭の後継馬オリンピックグローリーが紡ぎ出したのがグランドグローリーのファンタジーでした。昨年のジャパンCに彼女が来たときは“無名”に近い存在でしたが、日本が誇る三冠馬コントレイルから5馬身差の5着で入線して驚かされました。東京の馬場に自信を得たのか、彼女は繁殖入りを撤回して現役を続けます。今季もG1プリンスオブウェールズSで前出ステートオブレストの3着、最高峰の凱旋門賞でも5着と好調を維持して、狙いを絞ったジャパンCの桧舞台を迎えました。“不屈の逆転魂”に火がつくのでしょうか。日本馬ではヴェルトライゼンデに“ジャイアントキリング”の期待がかかります。“反骨精神”の塊りのような馬です。父ドリームジャーニーは父ステイゴールドX母父メジロマックイーンの奇跡の黄金配合を世に伝えた大功労者です。この馬がいなければ、4歳下の全弟オルフェーヴル、5歳下のゴールドシップも生まれなかったでしょう。しかし種牡馬としては受精難で苦労の連続でした。

ヴェルトライゼンデの世代は種付け7頭で誕生したのが3頭だけ。これだけの馬が、そこから這い上がって来たのは奇跡以外の何ものでもないでしょう。しかもライゼンデは“不治の病”と言われる屈腱炎から帰還した馬です。やっと辿り着いた晴れ舞台で“反骨精神”を爆発させてほしいものです。この貴重な血を、何としても後世に伝えてほしいものです。

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