きょうの蹄音 競馬にまつわるちょっといい話

馬と人と名勝負と

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今週はアイルランドのカラ競馬場で3歳牝馬のG1アイリッシュオークスオークスが開催されます。ほぼ2カ月余り、各国で繰り広げられて来たクラシックレースも、いよいよ大詰めを迎えることになりますが、“オオトリ”を飾るにふさわしいスーパースターが登場します。エミリーアップジョンというシーザスターズの娘がその馬で、良きにつけ悪しきにつけ、何かにつけてファンを釘付けにするような話題を振りまいて来ました。

ニューマーケットの名門ジョン&タディ・ゴスデン厩舎から名手ランフランコ・デットーリ騎手のエスコートで3連勝と華やかなデビューを飾ります。“無傷の女王候補”エミリーは堂々1番人気に支持されてオークスの桧舞台に臨みます。ライバルは2年連続でオークスを制覇しているエイダン・オブライエン厩舎が送り込んだガリレオの娘チューズデーと鬼才ライアン・ムーアのコンビです。奇しくも兄ガリレオ、弟シーザスターズの異父兄弟対決が実現します。ガリレオは父サドラーズウェルズから無尽蔵のスタミナを受け継ぎ、母アーバンシーを通じてミスタープロスペクター系の母父ミスワキの長く持続的に使えるスピードを注ぎ込まれています。対してシーザスターズの父ケープクロスは日本馬の世界デビューとなった記念碑的なタイキシャトルのG1ジャックルマロワ賞で、一緒に走っていた馬です。いうまでもなくスピードと切れ味が自慢の一流マイラーなのですが、スタミナ自慢の凱旋門賞馬アーバンシーとの交配でスピード・スタミナ兼備で末脚のキレも超一流の怪物を送り出すことに成功しています。競馬の摩訶不思議な奥の深さを実感させてくれるエピソードです。

しかし競馬場というところは大舞台になればなるほど“魔物が棲む”と言い伝えられています。エミリーとランフランコは、あろうことか目を疑いたくなる大出遅れ!ポツンと1頭だけ最後方に取り残されます。万事休す、エミリーのオークスは終わったと思われました。しかし“競馬の神様”はエプソムの直線に大どんでん返しのドラマを準備していました。出遅れたのは勝ったチューズデーも同じでしたが、すぐ立て直して不利を最小限にとどめたのと、最後の立ち居振る舞いが真逆なほど違いました。チューズデーのムーア騎手は、直線に向くや早々と愛馬を促しスパート、アッという間に先頭を奪うとガリレオ娘らしく持久力勝負に持ち込みます。エミリーのランフランコはシーザスターズ最大の武器である瞬発力を引き出す作戦にかけて、追い出しを一呼吸二呼吸ギリギリまで我慢し、先頭に立ったライバルめがけて凄まじい末脚を爆発させます。ハナヅラを揃えたところがゴールでした。勢いはエミリーにありましたが、チューズデーもさすがでわずかに猛襲を凌ぎ切ります。もう一完歩あれば態勢は入れ替わっていたでしょう。2名血の名馬2頭と2人の名伯楽、そして双方に名騎手が揃って、奇跡的な名勝負が生まれ、幸福にもそれを目撃したファンを酔わせました。さて舞台は代わって、チューズデーの姿はありませんが、去就が心配されたランフランコもエミリーの背中に帰って来ました。今度こそ強いエミリーの姿を見せてくれるはずです。

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