きょうの蹄音 競馬にまつわるちょっといい話

日の丸スプリンターの可能性

7月8日は、戸崎 圭太 騎手、西谷 凛 騎手、安田 翔伍 調教師の誕生日です。誕生日おめでとうございます!
ようこそいらっしゃいませ。

今週はイギリスのニューマーケット競馬場で、究極のスピードと瞬発力を競うスプリントレースの分野では、“ヨーロッパ最高峰”の呼び声も高いG1ジュライカップが開催されます。大げさですが“スプリントの凱旋門賞”といったポジションでしょうか?日本調教馬では2000年に森秀行調教師と武豊騎手がアグネスワールドで単騎チャレンジして、最後は首の上げ下げの大接戦をしのぎ切って歴史的な大金星を上げています。彼はダンチヒ直仔の外国産馬でしたが、馬主・調教師・騎手すべて日の丸を背負ったホースマンが成し遂げた大偉業であることに変わりはありません。先週の小倉G3CBC賞でテイエムスパーダと今村聖奈騎手のフレッシュコンビが、ファストフォースの日本レコードを凌駕する1分05秒8を叩き出しましたが、これら以前の20年以上も日本レコードを保持し続け“史上最高のスピードスター”に君臨していたのがアグネスワールドでした。

この希代の快速は、誰も到達し得なかった異次元の世界を切り拓いた天才馬でしたが、あり余るスピードを持て余すためかコーナーワークが不得手で、日本ではスプリンターズSで2着2度の惜敗など遂にG1に手が届きませんでした。「天性のスピードを思う存分に開花させるには直線競馬しかない」と森調教師は分析します。しかし新潟競馬場が改修されて直千(直線1000m)のレースが誕生するのは少し先の話ですから、アグネスワールドのレース選定は壁に突き当たります。でも世界は広いものです。師は当時では珍しいほど海外のレーシングカレンダーに精通したプロフェッショナルで、凱旋門賞当日に行われるスプリント決戦の直千G1アベイドロンシャン賞に白羽の矢を立てます。アグネスはロンシャンの不良馬場を真一文字に駆け抜けてアッサリ悲願のG1タイトルを獲得します。

翌年は“秋の凱旋門賞デー”に匹敵する初夏のロイヤルアスコットに挑戦。エリザベス女王の前で行われた初日の直千G1キングズスタンドSで、経験したことのない23頭立ての大混戦レースで2着に踏ん張って見せます。そして3週間後のニューマーケット競馬場、距離は1200mに延びましたが、アグネスのスピードは衰えず“競馬の母国”イギリスの“G1中のG1”を快勝するという“日の丸ホースマンの夢”を実現します。スプリントレースの価値が相対的に低かった当時は、この偉業が十分に伝えられなかったのは残念ですが、「競馬の殿堂」入り級の快挙を今一度見直すことが必要でしょうね。スプリント分野で世界に名を売ったという意味では、アグネスとロードカナロアくらいなもので、香港勢やオーストラリア勢に比べて見劣るというのが一般的な評価になっています。しかし思ったほど日の丸スプリンターはヘボじゃないかも、そんな実感もあります。エリザベス女王の即位70周年を慶賀して世界中から快速馬が集結したロイヤルアスコットのG1プラチナジュビリーSで、日本馬グレナディアガーズは勝負どころで鋭い瞬発力を繰り出して、いったん先頭を奪う勢いを見せてくれました。ゴール前で失速して19着に大敗しましたが、先に希望が垣間見える大敗でした。こうした意欲的なレースを続けている限り道が開けるはずです。今週末のジュライカップに出走するキングエルメスはまったくの人気薄ですが、ぜひ先に繋がるレースを見せてほしいと思います。キングエルメスの矢作芳人調教師は、怪物フランケルが勝ったセントジェームズパレスSに、グランプリボスで敢えて挑戦してブービーに大敗しています。その苦い経験が、“世界の矢作”と尊敬される現在の礎になっているのだと思います。

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