きょうの蹄音競馬にまつわるちょっといい話

2018.11.23

中山を彩った名馬たち【47】ファルブラヴ
2002年11月24日 第22回ジャパンカップ

日本VS海外――。
“競馬のオリンピック”と呼ばれたジャパンカップの歴史を辿ると、その勢力図が、これほどあからさまになっているレースも珍しい。
第1回から10回までは、海外馬8頭、日本馬2頭と海外勢の独壇場。第11回から第20回までは、海外馬4頭、日本馬が6頭とほぼ拮抗し、21回以降は、海外が2頭、日本馬が15頭で、表彰台をほぼ日本勢が独占している。
東京競馬場大改修のため、ただ一度、中山で行われた第22回ジャパンカップも、前評判は、圧倒的に日本馬が優勢。1番人気は、この年の天皇賞(秋)を制したシンボリクリスエス。2番人気は同レース2着だったナリタトップロード。3番人気は前年のダービー馬、武豊騎手とジャングルポケット。4番人気でノーリーズンと続き、海外勢は、フランスからやって来たブライトスカイが5番人気に食い込むのがやっとという有り様だった。
しかし――――――。
レースが始まると、日本のファンは、“世界”とはどういうものなのか。その強さ、奥深さを知ることになった。
最後の直線、抜け出したのは、9番人気、ランフランコ・デットーリ騎乗のファルブラヴと、同じく世界にその名を轟かすコーリー・ナカタニ騎手騎乗の11番人気、サラファン。世界的名手2人に導かれた2頭の馬は、意地と意地をぶつけ合う、火の噴くよう激しい攻防を展開した。

写真は判定の結果、勝ったのは、ファルブラヴ……のはずだったが、なかなか確定しない。そして、中山のスタンドが、ざわめきはじめたその時、今度は審議のランプが灯ったのだ。
ハナ差で敗れたサラファンを管理するドライス調教師が、ファルブラヴの進路の取り方に抗議して、不服申立てを行ったというのだが……勝利への飽くなき執念を見せつけられた中山競馬場は、一時、騒然とした空気に包まれた。
――わずかでも可能性がある限り、絶対に諦めない。これが世界の競馬だ。
ただ一度だけ中山で開催されたジャパンカップ……歴史の目撃者となったファンは、今でもあの勝負にかける執念を忘れていない。