きょうの蹄音競馬にまつわるちょっといい話

2018.1.26

中山を彩った名馬たち【04】フジキセキ
1994年12月11日 第46回朝日杯3歳ステークス

朝日杯――。
かつてそれは、有馬記念、皐月賞、スプリンターズステークスと並ぶ、中山の代名詞だった。
出走頭数はわずか10頭ながら、その内半分の5頭が無敗馬……。
柴田善臣とコクトジュリアン。田中勝春とトウショウフェノマ。松永幹夫とマイティーフォース。武豊とスキーキャプテン。そして、もう一頭、圧倒的な一番人気に支持されたのが……サンデーサイレンスの初年度産駒、角田晃一騎乗のフジキセキだった。

新潟で行われた新馬戦は、やや出遅れながら8馬身差の圧勝。続く、阪神競馬場を舞台にしたもみじステークスをレコードで勝利したフジキセキが、次に選んだのが暮れの中山。はじめて見るその勇姿に、中山競馬場に詰めかけたファンは、思わず、感嘆の声を漏らした。

レースは、ニッシンソブリンの逃げでスタート。最後の直線で、満を持していたフジキセキが内から伸びる。
大外からやって来たのは……スキーパラダイスの半弟、スキーキャプテン。一完歩ごとにその差は縮まっていった。
残り100m――ムチを振るう武豊に対して、角田は持ったまま。
中山のスタンドに詰めかけたファンが息を飲む中、最後まで鞭を振るわず、持ったままの角田とフジキセキのコンビが、クビ差、スキーキャプテンを抑えこみ、栄光のゴールを駆け抜けた。

翌年の弥生賞を制したフジキセキは、デビューから4戦4勝。クラシックロードに進むべく、皐月賞の舞台となる中山に再び、その照準を定めたが、屈腱炎を発症。二度とその勇姿をファンの前に表すことはなかった……。
一度のクラシックの舞台を踏むこと無くターフを去った彼を、ファンは、幻の三冠馬と呼び、その走りを讃えた。