きょうの蹄音 競馬にまつわるちょっといい話

ムブタヒージの教訓

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今年のドバイミーティングで印象的だったのは、ワールドCでカルフォルニアクロームの2着に健闘したムブタヒージの頑張りです。南アフリカの名匠マイク・デ・コック調教師の管理馬で、昨年のUAEダービーで3着に食い下がった日本のゴーリデンバローズを8馬身余りもちぎり捨てた馬です。彼はその後、史上初めてケンタッキーダービーに参戦した南アフリカ馬、UAEダービー馬となります。しかし検疫の壁は厚く、ムブタヒージスペシャルと呼べば良いのかコック師心尽しの特別配合飼料も、あろうことか担当厩務員まで入国NGという不可解な規定に苦しめられます。加えてアメリカでは認められているラシックスの使用にコック師は懐疑的で、『服用すれば良く走るかもしれないし、その逆かもしれないが、実験するつもりはない』とナイナイ尽くしの三重苦を背負って戦いました。結果はご承知のように三冠に向けて勢い良くスタートダッシュを決めたアメリカンファラオの8着に敗れました。

しかし環境に慣れたのか、遠征2走目のベルモントSでは4着と順位を上げてみせます。強い馬です。引退したアメリカンファラオ以外の先着馬フロステッド、キーンアイスは今回のワールドCに参戦していましたが、ムブタヒージは彼らを抑え込んでいます。もしムブタヒージスペシャルを食べていたら、厩務員さんが帯同していたら、ラシックスを投与していたら、アメリカのクラシックの歴史は変わっていたかもしれません。しかしすべての規制を黙々と受け入れて、信念に背く薬物使用は決然と拒否して、堂々と強敵に立ち向かったコック師とムブタヒージのスポーツマンシップ、ホースマン精神のあり方は清々しく感じられました。

今年は日本馬ラニと松永幹夫調教師がムブタヒージとコック師が歩んだ道を進むことになります。松永師はレッドディザイアでドバイとアメリカを渡り歩いた経験があります。オーナーのノースヒルズさんも向こうに牧場を構えるほどで、ラニ自身そこで生まれています。まるで手探りというわけでもありません。競馬はビッグレースになればなるほど、馬が走るだけはなく、人と馬、そして知見や情報の戦いになります。最近の日本馬の海外での好成績も、そうした総合力の積み重ねの賜物だと思います。ムブタヒージの教訓を生かして、ラニには天皇賞馬の母に恥じない立派なレースを期待したいものです。蛇足ですが、ヘヴンリーロマンスの天覧天皇賞での感動的な勝利は日本人の誇りですから。

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