海外だより

〝聖地初勝利〟への道

創建1702年とケタ違いの歴史と伝統に紡がれて、その品格に世界中のホースマンの誰もが深い敬意を抱いてやまない〝競馬の聖地〟アスコット競馬場ですが、今年も王立競馬ロイヤルアスコットが華やかに開催されました。最終日のG1クイーンエリザベス2世ジュビリーSでは、サトノレーヴがゴール前で先頭馬を差し切るかとの勢いで鋭く伸びて、日本調教馬ロイヤルアスコット初勝利かと興奮を際立たせてくれましたが、本当にもう少しのところで勝馬のフランス調教馬ラザットと脚色が同じになり半馬身差だけ及びませんでした。3着馬には距離1200mを考えれば決定的とも言える3馬身差をつけていました。惜敗というより、限りなく勝利に近いところまで接近した一番でした。残念は残念ですが、心の奥では誇らしい気持ちが沸き上がっていました。

300年以上もの歴史を重ねて来ると、いろんな変化が起きて来るのは自然の流れです。アン女王の時代には江戸幕府が開府したばかりだった極東の地から、日本で生まれて日本で育ち日本人の手で調教されたサラブレッドが、はるばる海を越えてやって来て〝競馬の母国〟と互角に闘う光景は〝誇らしい〟という以外の言葉が見つかりません。オルフェーブルの凱旋門賞、フォーエバーヤングのケンタッキーダービー、私たちは負けたけれど誇らしい気持ちになった複雑な思いを幾度か経験してきました。サトノレーヴのクイーンエリザベス2世ジュビリーCもそんな一つだったと思います。来年以降も、〝聖地初勝利〟を目指して挑戦し続けてほしいですね。

今年の〝聖地の勝利〟を俯瞰すると、リーディングジョッキーは常連のライアン・ムーア騎手が今回も勝ちまくり、開催5日間延べ35日間で8勝と図抜けた成績を残しています。リーディングトレーナーは、ライアン・ムーアを主戦に擁するアイルランドの天才エイダン・オブライエン調教師が、イギリスの名伯楽ジョン・ゴスデン調教師とガップリ四つで5勝ずつと互角の白熱勝負の末、2着回数の差でチャンピオンに輝きました。勝つべき人が勝ったという印象なのですが、リーディングオーナー部門ではちょっとした波乱の結果となりました。天才オブライエンを司令塔に世界のビッグレースを勝ちまくっているクールモアの牙城を新興馬主が打ち破ったのです。中東カタールの首長を務めるターミム殿下がリーダーシップを振るうワスナンレーシングがその馬主組織です。3年ほど前から活動を活発化させて、一昨年の〝ロイヤルアスコットの華〟ゴールドCをクラージュモナミというフランケル産駒で勝利して世界の表舞台へ躍り出ています。カタールはトレヴで凱旋門賞を連覇したファハド殿下のアルシャカブレーシングなど王族による馬主組織の活動が活発ですが、凱旋門賞はじめ世界クラスのビッグレースのスポンサーとしても際立った動きを見せています。〝隠れた競馬大国〟と言えるかもしれません。歴史とか伝統の向こう側では、目覚ましい勢いで革新と変化が動き始めているというのが、世界競馬の現状なのでしょうか。そこから脱落しないためにも〝聖地初勝利〟を含めた世界チャレンジを、避けては通れない道と考えるべきなのでしょうか。

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