海外だより

日本ダービーはどんなレースなのか?

世界競馬の頂点に君臨するエイダン・オブライエン厩舎は、本拠地アイルランドのみならず、お隣のイギリス、フランスへも日常的に出かけて、ビッグレースを次々と制覇しています。前世紀末の1990年代後半に、クールモアの専属厩舎であるバリードイルの運営を任されると、以来途切れることなく勝利を積み重ね、昨年のロイヤルアスコット開催のG1プリンスオブウェールズSでディープインパクトのラストクロップであるオーギュストロダンが通算400勝目のG1勝利を飾る破天荒な大偉業を成し遂げています。ちなみに300勝目のメモリアルG1は同じディープインパクト産駒のサクソンウォリアーが英2000ギニーで記録、ディープインパクトが日本のみならず、ワールドクラスの大種牡馬へと上り詰めるのに強力な後押しを果たしています。G1レース400勝というのも前人未到、空前絶後の金字塔ですが、さらに凄いのは400勝のうち、クラシックレースが100勝を超えていることです。競馬の母国イギリスでは、ダービーと2000ギニー、さらにオークスを各10勝ずつ、1000ギニー7勝・セントレジャー8勝と信じられないような数字が並びます。本拠地アイルランドではダービー16勝を筆頭に30年足らずの間に凄まじい記録を積み重ねています。フランスはイギリスとレーシングカレンダーが重なる場合が多いため、出走そのものが限られて数字上は英愛に追いつかないのですが、ディープインパクト同様にフランス産の血統に深い関心を示し、最近ではシユーニ産駒のセントマークスバシリカがヨーロッパ年度代表馬に選出されたり、フランス産のウートンバセットを購買してクールモアのエース種牡馬に抜擢し、さっそく今春の仏2000ギニーをウートンバセット産駒のアンリマティスがレコード勝ちするなど躍進が目立ちます。今週末の仏ダービーでも、同じウートンバセット産駒のカミーユピサロが抜けた1番人気に支持されており、別々の馬でフランスでのクラシック連覇達成も夢ではなさそうです。

オブライエン厩舎に対しては、しばしば〝使い分け〟という言葉が使われます。毎世代ごとに100頭以上の良血2歳馬を入厩させ、クラシック制覇を目指して鍛えられます。その優駿たちの中から選びに選び抜かれたサラブレッドを愛英仏の3ヵ国クラシックに送り込むのが基本的なスタンスになっています。それを指して〝使い分け〟と表現されるのでしょう。しかし〝使い分け〟という言葉には、名誉や獲得賞金の最大化を図るといった経済効率的なニュアンスが含まれます。そうした面がないとは言えませんが、それだけではあるまいといった気持ちも入り混じります。オブライエン師は異なった国のコースや距離も異なった、それぞれに個性的なレースを勝つためには、馬の個性も一様ではならないと考えているようです。「ジョッケクルブ賞(仏ダービー)を勝つためには“2000メートルをこなせるマイラー”が必要です。ダービー(英ダービー)を勝つためには“もう少し長い距離を走れる2000メートルの馬”が必要です。アイリッシュダービーを勝つためには“本当の2400メートルを走る馬”が必要です」と語るオブライエン師の言葉がそれを物語っているようです。1頭1頭の〝唯一無二〟の個性を大切に考える事が、日常の鍛錬の基本であり、レース選定のカギになる。〝使い分け〟という経済合理性ではなく、〝育て分け〟とも言うべきサラブレッドの本質に真摯に向き合う姿勢こそが問われているのだ、ということなのでしょうか。

今週の仏ダービーは、開催時期が1週間しか違わない英ダービーとの差別化を図るため、今世紀初め2005年から距離2400mを2100mに短縮しました。横綱昇進を決めた大の里関に倣(なら)えば、伝統の奥行では逆立ちしてもかなわないイギリスとは異なった個性化を進め〝唯一無二〟性を高めることにありました。この試みは、傑出した中距離馬を続々と輩出するとともに、2400mの最高峰とも言うべき凱旋門賞を制覇したソットサスやエースインパクトのような〝唯一無二〟のサラブレッドも誕生させています。こうした背景には、ダービーと言えども〝孤高の存在〟ではあり得ず、隣国を中心とした世界を舞台とする個性の競合が横たわっているのでしょう。日本ダービーから凱旋門賞馬を送り出すなど、さらに成長し大きく発展するには、日本ダービーをどういうレースとして設計し運営していくのか、そこが大事なのかもしれません。

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