海外だより

日本競馬の成長と成熟

あけましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願いいたします。

海外諸国から見た日本競馬は、かつてどの時代と比べても素晴らしいイメージと高いリスペクトに包まれているように思えます。しかし歴史を振り返ると、競馬の祖国イギリスのメディアから〝名馬の墓場〟と気分が重くなるようなキャッチコピーで呼ばれる時代が長く続いたこともありました。欧米の競馬先進国から凱旋門賞馬やダービー馬など名だたる名馬を、鳴り物入りで次々と導入しながら、その多くは結果に結び付けられず、おのれの競馬スタイルの確立にもがき苦しんでいた日本競馬の苦闘時代の忘れられないエピソードでした。〝名馬の墓場〟なるホースマンとしてのプライドを根こそぎ挫かれるような辛辣な代名詞が使われていたのは〝神の馬〟ラムタラが最後だったかもしれません。デビュー2戦目でエプソムダービーを勝ち、返す刀でキングジョージ6世&クイーンエリザベスSをバッサリ斬り捨て、最後の仕上げに凱旋門賞のゴールを先頭で駆け抜けて世界のチャンピオンディスタンス三冠に輝いた比較するものがない〝名馬〟が、1990年代の空前の競馬ブームに湧く日本に輸入されたのです。父が〝スーパーカー〟マルゼンスキーを通じて日本に世界の異次元のスピードを見せつけた英三冠馬ニジンスキー、母スノーブライドは英オークス馬という名血で大きな期待が寄せられたのは当然でしょう。しかし結果は無残でした。〝神の馬〟は、日本の風土にまったくなじめず、クラシックどころかG1馬輩出とも無縁なまま、悄然と祖国に帰って行きました。

時代は〝空白の20年〟などと呼ばれる日本経済の失速と停滞の苦渋を味わせられましたが、日本競馬は生産、調教、番組編成から馬場造成、精緻なマーケティングや高度なブランディングを含めた競馬運営、実に様々な領域で改良と改革の不断の努力を重ねていました。その結果、一昨年のジャパンカップがレースレーティング世界一を獲得し、昨年は日本が誇るディープインパクト産駒で世界を代表するスターホースであるオーギュストロダンの参戦を実現しました。世界の競馬潮流の最先端で、最上級の日本スタイルを築き上げたのです。もう現在では〝名馬の墓場〟などという人はいません。

それどころか、絶滅の危機に瀕した歴史的血統が日本の地で蘇る〝感動的な〟物語が生まれています。たとえばヒムヤー系と呼ばれる一族がいます。19世紀から20世紀の初めにかけては世界の主流血脈として威風を誇ったのですが、時代の推移とともに衰えていき、今やアメリカを中心に細々と続く〝絶滅危惧種〟と見られています。日本ではダート重賞で異次元の追い込みを爆発させてユーチューブなどの人気コンテンツとなっているブロードアピールが有名ですが、〝絶滅寸前〟なのはアメリカ以上です。ところがダノンレジェンドという馬が〝降臨〟し、種牡馬入りするや異端ゆえにどんな血統にも配合フリーの強みを生かして旋風を巻き起こしました。地方を主戦場に大活躍し、昨年はミッキーヌチバナがJRA重賞、ハッピーマンが交流の兵庫ジュニアグランプリを制覇しました。配合牝馬の質が上がる今後は、さらなる飛躍が期待できます。世界に誇れるサイアーライン復活の偉業を成し遂げたのは、日本競馬の勲章と言えそうです。ダノンレジェンドも偉いのですが、お母さんマイグッドネスも立派ですね。レジェンドの半弟ダノングッドは11歳で重賞を勝つなどの奮闘ぶりで廃止の危機から立ち直り復活した高知競馬に貢献し、同じくダノンキングリーはディープインパクトの後継として今年から産駒がデビューします。馬主のダノックスさんは、セレクトセールなどの〝高額馬爆買い〟で有名ですが、マイグッドイネス・ファミリーのように、地味でも世界から評価され尊敬される仕事をされていることに改めて心を打たれる思いです。先日、パールシークレットという種牡馬がイギリスから導入されるというニュースが伝えられました。これも絶滅寸前も寸前、三大始祖の一つバイアリータークに遡りますが、父系を辿るとジェベル、トゥルビヨンが登場し、これはパーソロンと同じです。ほぼ全滅状態にあるシンボリルドルフ・トウカイテイオー親子など日本競馬の宝と胸を張れる血統です。こうした損得の埒外にあるような事業に取り組む人々が現れるのも、日本競馬の成長と成熟の証(あかし)でしょうか。

こうしたことも含めて、ことし1年が、良い年でありますように。

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