海外だより

日本馬に天敵(?)現わる

中央アジアの真ん中に広がる草原を棲み家とし、騎馬・遊牧民族の伝統を誇るカザフスタンの生まれで、昨年までドイツで3年連続リーディングジョッキーに君臨し、短期免許での来日で国境を超えた大活躍が記憶に新しいバウルジャン・ムルザバエフ騎手が、今シーズンはフランスの名門アンドレ・ファーブル厩舎の主戦騎手に抜擢されました。アンドレ・ファーブル調教師は、チャンピオントレーナーに30回も輝いている伝説の名伯楽で、凱旋門賞は8度に渡って勝利の美酒を飲み干している“凱旋門賞請負人”としても有名です。日本ホースマンの悲願とされる凱旋門賞制覇の巨大な壁としてムルザバエフ騎手が立ち塞がるとは、夢にも思ってみませんでした。

ムルザバエフ騎手の日本での活躍に驚かされたファンも多いでしょう。3カ月ほどの滞日で、JRA21勝は立派な成績です。とくに大一番に強く、G1ホープフルSでは14番人気のドゥラエレーデで大穴をあけています。「僕はG1を勝つまでに3年かかった。1カ月は凄い!」とG1量産ジョッキーのクリストフ・ルメール騎手が舌を巻いたほどです。この大金星を含めて、重賞は11鞍に騎乗して「3-2-1-5」と勝利も飛び抜けていますが、馬券内率が5割を超えると言うのも驚異的です。“世界のアンドレ”のメガネに叶うだけのことはあります。ファーブル厩舎はゴドルフィンやヴェルトハイマー兄弟など世界的な大オーナーブリーダーを馬主として抱え、この場合はそれぞれ専属騎手がいますから、ムルザバエフがすべてに騎乗できるわけではありません。しかし彼は特別な才能を見込まれての移籍です。と言うのもファーブル師は、ハリケーンランやヴァルトガイストで凱旋門賞を、シロッコがBCターフを勝つなどドイツ血統馬を走らせることでも有名です。加えてムルザバエフ自身も一昨年の凱旋門賞馬トルカータータッソにはG1を含めて何度も騎乗経験があり、主戦を務める半弟テュネスは兄以上の器と評判の素質馬です。この“ドイツ馬使い”のノウハウに長けた点も含めて名伯楽の“イチオシ”なのでしょう。

それにしても最近の短期免許ジョッキーの充実ぶりは、以前にも増して凄みを加えています。以前はライアン・ムーア騎手に代表されるように、世界のビッグネームを招聘するのが王道としてもてはやされて来ました。しかし最近は一般ファンには無名でも、素晴らしいポテンシャルを秘めたムルザバエフ騎手のような“明日の達人・名人”が潜んでいたりします。トラブルもあって味噌をつけたオイシン・マーフィー騎手ですが、ほんんど無名の新人としての来日だったにも関わらず、日本の活躍で弾みをつけてイギリスに帰るや、あっという間にリーディングジョッキーの常連にのし上がりました。日本の競馬環境の優秀さ、レベルのたゆみない向上などを背景とした短期免許は、今やワールドクラスの一流ジョッキーへの出世街道と言えるまでに成長したのかもしれません。

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