02. この仕事は結果が大事。ひとつひとつの仕事をこなしオーナーや関係者のみなさんの信頼を得られるようにしたい。
どんなきっかけで競馬の世界に?
細江房野さんは、どちらのご出身ですか?
房野兵庫県です。競馬とは何の関わりのない家庭でしたが、高校生の時に年子の兄が競馬を見ていて自分もファンになりました。大学に入っても、競馬が好きでしたね。
細江大学も関西ですか?
房野広島大学で工学を専攻していました。
細江そうそう、広島大学でした。で、そこから馬への道は?
房野だいぶ、こじらせ系で…(笑)。僕は小学生の時、背は小さいですが走りは速いし、体育が得意だったんです。でも、中学1年生になっても身長が137cmしかありませんでした。周りの子はドンドン大きくなって、2年生になると同級生に運動でかなわなくなっていきました。さらに、高校生になっても153cmしかなかったんです。
細江たしかに、かなり小柄ですね。
房野それが、高校3年生になって一気に10cmぐらい背が伸びていきました。そうなると、野球やサッカー、これまで同級生にかなわなかったもので勝てるようになったんです。部活で空手をやっていたんですが、ひょろひょろだった体が筋トレをすると、ちゃんと筋肉が付くようになっていきました。そこで、「そういえば、本来は運動神経良かったっけ」と思い出したんです。
細江自信を取り戻すとともに、身体と向き合った子供時代だったんですね。
房野そうそう。大学に入っても背は伸び続けました。第二次性徴が遅かったんでしょうね。で、大学3年生の頃、授業の前になると先生たちは就職の話をするようになりました。その話を聞いて、オフィスでデスクワークする自分をイメージできなかったんです。そこで、大学を辞めて牧場に行きました。
細江3年生で?親御さんはビックリしたのでは?
房野それはもう、大変でした(笑)。でも、青春時代は暗黒でしたが、今は違う。体を使う仕事をしたいと思ったんです。
細江そこから、馬乗りを覚えていくのは大変だったのでは?
房野そうですね。でも、その牧場で徹底してハミ受けのことを言われました。そのおかげで、今の僕があると思っています。
筋力もいるけど、体幹やストレッチも必要
細江トレセンに入ってから、そこでの経験が生きているんですね。
房野そうですね。あとは大学で工学を専攻していたので、物理は得意です。だから、ハミの支点をどこに置くかなどは説明することができます。馬のハミ受けを行ううえで「筋力もいるけど、体幹やストレッチも必要かな?」とか考えながらやってきました。
細江それで、ボルダリングやバレエをなさっているんですね。体幹や筋力を鍛えれば、馬に乗るときの自身の可動域が広がりますし。
房野はい。よく、「何のために?」と聞かれるんですが、すべては馬乗りがうまくなりたいがためです。
細江房野さんがお仕事をするうえで、他にも重要視していることは?
房野「競走馬はフィジカルありき」ということですね。よく馬がチャカチャカしていると、メンタル面が…と語られることが多いですよね。でも、実際にチャカついているのは脚でしょ?ということは、ボディが安定して全体のバランスが取れれば落ち着いてくるんです。言葉を話せない馬のメンタルを知ろうなんて、難しいことを考えなくて、いいんじゃないですかね。馬がしんどいと思っている部分を安定してあげるのが一番ではないでしょうか。
細江たしかに、体が整っていないと馬はイライラしますもんね。
房野そうそう。まずは整えて、そこからフィジカル面がマックスになることを目指していかないと。でも若い馬と古馬では違いますから、馬の成長度合いを見極めながら攻めていくことも重要です。
タフさを増して、3冠挑戦へ!
細江鍛え上げる過程で気をつけていることは?
房野常歩の時に、一完歩もムダにしないようにしています。ノンビリ歩かせて大人しい馬を育てても意味がないですからね。僕らは勝てる競走馬を作るのが仕事なんです。そうそう、競馬学校で同期の藤岡康太に、トレセンに入ってすぐの時「どんな馬がいい?」と聞いたことがあるんです。彼は「掛かる寸前の馬」と言っていました。僕にとって、ど真ん中を突く言葉でしたね。
細江乗りやすい馬という人が多いなかで、わたしも、そのギリギリのところが大事だと思います。
房野そうですよね。そういうピークに持って行きたいですよね。日々考えているのは、どうやって馬の身体能力を上げていくかだけです。僕が乗っている時は、馬は「常歩って、しんどいな~」って感じて、レースに行ったら「こんなに楽なんや」って感じてくれればいいんです。僕の役割は、馬にとっての大リーグ養成ギブスです(笑)。
細江そうして作り上げていった馬で、大きな出会いにナムラクレセントがいますよね。あの時も、かなり試行錯誤なさっていました。2011年の阪神大賞典を勝って、馬が良くなっていって、天皇賞・春は3着でした。
房野でも、僕としては重賞は阪神大賞典しか勝てなかったという感じなんです。今の僕ならもう少しできたことがあったのでは?と思っています。
細江ナムラクレセントは菊花賞で3着でした。ロブチェンで、今度こそのお気持ちで?
房野菊花賞は思い入れのあるレースですが、それは僕個人の話です。ロブチェンにとっては皐月賞、ダービー、菊花賞…その先もある山の途中です。
細江今回の目標は3000mの長丁場となりますが、あれだけの体力があれば、良さが存分にだせそうですね。
房野そう思っています。ダービーの2400mを走り切る力が100だとすると、600mごとに25の力を使うと考えがちですよね。で、菊花賞は3000mだから100の力を750mごとに25の力。だから折り合いを重視してノンビリ走り消耗しないようにしようって。でも、僕はダービーで100だった力を菊花賞では125にすればいいと考えています。
細江ロブチェンはさらにタフさを増して3冠目達成に挑むんですね。その先の凱旋門賞なども良さそうですし夢が広がります。最後に、房野さんにとってオーナーさんは、どんな存在ですか?
房野この仕事は結果が大事ですから、若い頃は勝てるようにともがいてきました。常に一生懸命やってきたんです。これからも、ひとつひとつの仕事をこなし、オーナーや関係者のみなさんの信頼を得られるようにしたいですね。
(構成:スポーツ報知 志賀浩子)

細江 純子
1975年愛知県蒲郡出身。1996年JRA初の女性騎手としてデビュー。2,000年日本人女性騎手として初の海外勝利(シンガポール)。2001年引退。引退後はホースコラボレーターとしてフジテレビ『みんなのKEIBA』関西テレビ『競馬BEAT』に出演。夕刊フジ・アサヒ芸能などにコラムを連載中。書籍は『ホソジュンのステッキなお話』文芸ポストでの短編小説『ストレイチャイルド』。