02. 馬が今何をして欲しいのか、痛いところはないか、いち早く気づいて、応えてあげられるような仕事をしたいです。
オークス9着後の馬へのケア
細江桜花賞を終えて、馬の様子はどうでしたか?
及川ケロッとしていました。心肺機能がすごいってことですよね。それに、普通は競馬が終わったあとってテンションが上がります。それもなくて、大人しかったんです。表彰式の間、曳いてくれていたJRAの職員さんが「スゴクいい子ですね」って。精神面も成長したんだな~と。
細江栗東滞在も経験して、大人になったんですね。
及川1年で精神面も肉体面も本当に大きく変わりました。
細江そこからオークスまでは間隔もないし、苦しいところだったと思いますが?
及川距離が延びることへの不安もありましたよね。まあ、結果(9着)は受け止めるしかありませんが、内容は良かったのではと思っています。
細江こう言ってはなんですが、オークスでのエンブロイダリーのレースを見て、あれがルメールさんのスゴいところだと思ったんです。いい意味で無理をさせないというか。
及川そうですね。ガムシャラなレースをして大きなダメージを残すより、今後を考えてということなんだと思います。
細江女の子だと余計にそうですよね。レースに嫌なイメージが残ったら将来に影響するし。そういう先を見据えたレースができるジョッキーさんなんですよね。オークス後は夏休みを取りました。復帰戦で、いきなり秋華賞は予定通りだったんですか?
及川春は頑張りましたからね。カッとしやすいところもあるし、夏はしっかり休ませたんだと思います。お休みの間も、先生はマメに牧場に行って状態を把握していました。その上で、オーナーと相談したんでしょうね。夏場を牧場で過ごしたのは良かったと思います。スッキリして、いい感じで帰ってきました。
樫の女王・カムニャックとの再対戦
細江以前、調教師さんが言っていたんですが、「いい馬は、いかに使わないかだ」って。まさに、エンブロイダリーの秋華賞ですよね。
及川たしかに、オークス後の3か月近い休みが良かったのだろうと思います。
細江間隔が開くとテンションは上がりがちですが、レース当日は落ち着いていましたね。
及川はい。ただ、レース前日に雨が降ったので、「ちょっと、嫌だな~」と思っていました。エンブロイダリーは爪が広がった形をしているので、雨が降って滑る芝はあまり良くないんです。爪もいい方ではないので、いつも4分の3の鉄を履いて、ツメを保護しているんですよね。
細江でも、桜花賞も雨でしたよ。
及川そうなんですよね。だから、「そうでもないか」と思い直したり(笑)。それに、ここにきて精神面に加えて、肉体面の成長もスゴかったんです。ここが、2度目の大きな成長だったんですよね。
細江オークス馬も一緒で、桜の女王・エンブロイダリーと、樫の女王・カムニャックとの再対戦となりました。勝って牝馬2冠馬となりましたが、及川さんは担当馬で重賞を勝ったのは?
及川エンブロイダリーが初めてです。
細江そうなんですね。
競馬の世界に入ったきっかけは?
細江ところで、どうして競馬の世界に入ったんですか?
及川美浦の出身で、父が厩務員だったんです。ネコパンチなどを担当していました。あとは厩務員や、北海道で装蹄師をしている叔父もいました。
細江じゃあ、子供の頃から馬が近くにいたんですね。
及川毎日、馬の臭いを嗅いで育ちました(笑)。飼い葉をつけに行く父について行ったりしていましたね。
細江では、小さな時から乗馬を?
及川いえ、乗馬は高校を卒業してからです。学校を卒業したら競馬ではなく、建築関係の仕事に就きたいと思っていました。でも、できなくて「当分はフリーターかなと思っていたら、北海道の叔父が牧場で働かないか?と誘ってくれたんです。それで、ファンタストクラブで働き始めました。そこで馬に乗るのが面白くなったんです。
細江子供の頃から乗馬をしてた人もいるし、大変じゃありませんでしたか?
及川あまり感じませんでしたね。馬のいる環境は、それこそ子供の時からで、仕事への違和感もなかったですしね。
細江そこから、JRAの厩務員さんになったのは?
及川腰が悪くなって、北海道から実家のある美浦に帰ってくることになったんです。その時、美浦牧場の場長さんに、1日数頭でもいいから手伝ってくれないかと言われました。その頃、美浦牧場には藤沢和雄厩舎の馬がたくさんいて、藤沢先生もよくいらしていたんです。
細江すごい人に出会いましたね。
及川藤沢先生はスゴイですよ。「今、咳をしたのは、どの馬だ?」って聞かれたことがあるんですが、先生は牧場の奥にいて、馬からは相当離れた場所にいたんですよ。それでも、聞き逃さなかったんです。牧場のスタッフと「あの位置でよく気づくな、スゴイな」ってビックリしたのを覚えています。
細江全身で馬を感じ取る方ですよね。先生の影響でJRAを目指すことに?
及川先生に顔を覚えてもらったのは大きかったかも。それに、父もJRAの厩務員になったら?と言っていましたし。
馬に携わる上で大事にしていることは?
細江競馬学校を卒業して、最初に入った厩舎は?
及川浅野洋一郎厩舎です。そこに10年ほど在籍して厩舎が解散になりました。半年の臨時で西田雄一郎厩舎で仕事をして、今の森一誠厩舎にきました。
細江森調教師はどんな先生ですか?
及川若いですが、シッカリした人です。これから、もっともっと活躍馬が出てくると思いますよ。細かなところは厩舎スタッフに相談してくれますが、最後の決断は先生がします。馬の調子が悪ければ重賞でも使わないという先生です。例えば、エンブロイダリーは無理なスケジュールで進めることなく、それなりにいい状態で使ってこられました。秋華賞の時も、休み明け直行か、1戦叩くかと先生はギリギリまで考えていたようです。
細江担当者としては、馬の状態を考えてくれる調教師さんはありがたいですね。
及川本当にそうです。いい先生ですし、いい厩舎です。
細江エンブロイダリーもいい子に育ったし?
及川そうですね。デビューの時はパドックで暴れるようなキツさがありました。いまのキツさは前進気勢からくるものなんです。グイグイと前に行こうとする。
細江厩舎では、どんな子ですか?
及川本当に大人しいですよ。飼い葉もちゃんと食べるし、手入れでもいい子です。立ち上がったり、噛んだりすることもありません。初めて来た人にも、鼻面近づけて匂いをかいでスリスリしますよ。
細江人懐っこくてカワイイですね。
及川みんな、いい子だねって言ってくれます(笑)。
細江かわいいし、お利口さんですね。及川さんが、馬に携わる上で大事にされていることっていうのは何でしょう。
及川ちょっとした変化にすぐ対応できるように、馬の気持ちを分かってあげることです。今、何をして欲しいのか、痛いところはないか。それに、いち早く気づいて、応えてあげられるような仕事をしたいと思っています。
(構成:スポーツ報知 志賀浩子)

細江 純子
1975年愛知県蒲郡出身。1996年JRA初の女性騎手としてデビュー。2,000年日本人女性騎手として初の海外勝利(シンガポール)。2001年引退。引退後はホースコラボレーターとしてフジテレビ『みんなのKEIBA』関西テレビ『競馬BEAT』に出演。夕刊フジ・アサヒ芸能などにコラムを連載中。書籍は『ホソジュンのステッキなお話』文芸ポストでの短編小説『ストレイチャイルド』。