ゲスト
オニャンコポン号担当 武田 健作さん 美浦・小島茂之厩舎

01. 性格も淡々としているというか大人しい。こんな、ほのぼのした馬で強いって、厩務員になって初めてです(笑)。

性格も淡々としているというか大人しい。こんな、ほのぼのした馬で強いって、厩務員になって初めてです(笑)。
細江純子さんをインタビュアーに迎えてお届けする『イケメンホースたち〜担当者が思う愛馬の素顔〜』。今回のゲストは、小島茂之厩舎でオニャンコポン号を担当する武田健作さんです。愛らしい馬名のオニャンコポン号。身近に接する武田さんに、オニャンコポン号のデビューからこれまでの過程を振り返っていただきました。

2戦2勝でホープフルS参戦

細江オニャンコポンは七夕賞(3着)で、久々にいい走りをしましたね。

武田ずっと状態は悪くなかったのに結果が出せなくて、「どうしてだろう」って感じだったんです。もどかしい思いをしていましたから、うれしかったですね。

細江菅原明良騎手とのコンビ復活も良かったのでしょうか?

武田相性いいですよね。慣れているので自信を持って乗ってくれますし。

細江新馬戦は菅原騎手で勝利しましたもんね。武田さんも新馬から担当しているんですよね。

武田そうです。飼い葉も良く食べるし、手の掛からない子でした。でも、ちょっと変わっているというか…。

細江名前も個性的だし?

武田田原(邦男)オーナーの馬は、いつも馬名の由来を調べるのが楽しみなんです。オニャンコポンは西アフリカで話されているアカン語で“偉大な者”という意味と登録されていますよね。同じ名前のキャラが『進撃の巨人』に出てくるので、それを意識してつけたのかな?と思いました。

細江能力面はどうでしたか?

武田それが、なんとも。体幹はいいし、体が柔らかいなと思いました。でも、オーラ全開ってタイプでもないんです。性格も淡々としているというか大人しい。こんな、ほのぼのした馬で強いって、厩務員になって初めてです(笑)。

細江じゃあ、新馬戦に向けてはどう思っていました?

武田そこそこ、いい競馬はするだろうなという感触はありました。でも、この世界で“勝てる”と確信してレースへ向かうのは、なかなかないですよね。まあ、「当日は、大人しくしてくれているといいな」というぐらいでした。

細江それが、あのレースぶりですよ!

武田ポンッとスタートを切って先行し、そのまま勝っちゃいましたからね。あれあれあれ~て(笑)。

細江4コーナーのさばきも、スピードも素晴らしかったです。

武田菅原騎手は最初に跨がった時から「この馬、走ります」と言っていたんです。でも、ここまでとは思いませんでしたね。まさか!って感じですよ。

細江次の百日草特別も勝って2戦2勝からの、ホープフルS参戦となりました。

武田担当馬でG1に行ったことはありますが、ここまでの馬では初めてでした。もう、未知の世界ですよ。でも、馬の調子はいいなと感じていました。あとは、レース当日に落ち着いていてよ~って。

細江レースぶりは、ご覧になっていかがでした?

武田これまでの先行して押し切るレースとは替えてみようという話は聞いていました。3番手で追走したのを見て、やっぱり抑えたんだなって。

細江結果は11着でしたが、プラン通りではあったんですね。

人馬共に重賞初制覇

細江年明けの京成杯はその成果が出て、控えての競馬でうまく行きました。

武田ゲートまで行ったので、道中は帰りのバスの中でラジオで聞いていました。実際に見たのは4コーナー過ぎから。前走のこともあったし、行くのかな~と思っていたんですけど抑える競馬で最終コーナーは10番手。

細江そこからが、すごい脚でした。

武田ホント、あぁ~って思っているうちに勝っちゃいました。

細江武田さんは担当馬での重賞制覇は?

武田初めてでした。うれしかったですよ。オーナーも喜んでくださったと思いますし。だから、口取りの時はオーナー以上に喜んで舞い上がらないようにしないとって(笑)。でも、本当は芝生の上を転がり回りたいぐらいうれしかったです。

細江勝ったことで、クラシック参戦が見えてきましたよね?

武田これまでクラシックなんて他人事でした。テレビで見ていた世界に入ったんです。自分が緊張しないようにしないとなと思いました。

細江でも、皐月賞、ダービーの雰囲気は別格ですよね。

武田パドックも返し馬も、ファンが一杯でただ事ではなかったですよ(笑)。でも、当時は「今日は中山の11Rだ、東京の11Rだ」と、普段と変わらないレースだと思おうとしていました。翌年になって、どれほどの世界にいたのかを改めて感じましたね。あの場所に連れて行ってくれた馬に感謝しています。

細江ここで、いったんお休みに入って、秋はセントライト記念から始動(7着)。次は菊花賞ではなく、福島記念(4着)に行って年内はこのレースまで。年明けは金杯でした。

武田3000mの菊花賞より、2000mの福島記念に行ってみようとなったんです。金杯は前が詰まっての6着。もったいなかったけど、それも競馬です。オニャンコポン自身は、いい走りをしてくれたと思っています。

長期休養からの復帰

細江4歳になって成長は感じましたか?

武田力をつけていると感じました。暑いのは苦手みたいなんで、金杯のような寒い時期のレースに向けては俄然調子がいいというのもありましたけど。

細江この後、洛陽S(6着)を使って、六甲Sで2着と調子を上げたところで10か月の長期休養を余儀なくされました。

武田六甲Sを終えてマイラーズCに向かおうと栗東で調整していたんですけど、ここで怪我をしてしまって。栗東で手術をしてもらって、休養することになりました。暑い夏を休めたのは、悪くなかったかなと。それでも、長く休んで、どうだろうと思っていました。でも、帰厩した時点で思ったほどガタッと筋力が落ちている感じではありませんでした。復帰戦に向けて、これまで通りの調整ができたのは良かったですね。

細江復帰戦の洛陽S(11着)は478Kgでの参戦でした。18kg増でしたけど、この馬のベストの体重は、休養前の460Kg台がベストなんですか?

武田う~ん、どうでしょう。巴賞は488Kgでしたが、接戦で0秒4差の4着といい走りでした。個人的には、このぐらいの馬体がいいんですけど、結果は460Kg台の時のほうが出ていますもんね。輸送のある時は減りますけど、巴賞のように函館滞在の場合は、減らずにそのままってことなだけかも?

細江飼い葉はしっかり食べるから、輸送がなければ身になって体重に反映されると。

武田そうだと思います。この馬は飼い葉食いは落ちないし、調子の波がないタイプなんです。ただ、暑さには弱いので、そこだけ気をつけています。

細江今年は猛暑でしたが、それで七夕賞で好走したんですか。本当に頼もしい馬ですね。

(構成:スポーツ報知 志賀浩子)

細江 純子
1975年愛知県蒲郡出身。1996年JRA初の女性騎手としてデビュー。2,000年日本人女性騎手として初の海外勝利(シンガポール)。2001年引退。引退後はホースコラボレーターとしてフジテレビ『みんなのKEIBA』関西テレビ『競馬BEAT』に出演。夕刊フジ・アサヒ芸能などにコラムを連載中。書籍は『ホソジュンのステッキなお話』文芸ポストでの短編小説『ストレイチャイルド』。

※この記事は 2025年10月13日 に公開されました。

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