02. 競走馬はアスリート。結果を出すために、馬のマネージャーとして日々の生活に気を配る必要があります

大一番への調整
細江皐月賞は5着でしたが、そもそも中山のコース形態で、コーナー4つというのは、ストライドの大きなサトノシャイニングには合わなかったような…。
小川そうですね。小回りより、広いコースでのびのびと走らせたいタイプですね。
細江そう考えると、次の日本ダービーで東京に替わるのは?
小川プラスだと思います。ただ、お客さまが増えて、距離が延びますけどね。まあ、たくさんの方が現地で応援して盛り上がってくれるのは、ありがたいことなので、乗り越えなくちゃいけないですね。
細江いま、馬の状態はどうですか?
小川5月7日に、放牧先から帰厩しました。雰囲気は悪くないですよ。
細江これから、大一番への調整が始まるんですね。
小川6月1日のダービーまでの日数の勘定のしかたが鍵ですよね。前走の皐月賞は4月20日。ここから実戦をしていないと考えての調整か、5月7日の帰厩から約1か月後が実戦とみて調整するか。馬の状態と相談しながらの調整になります。
細江そうなると、調教のスケジュールも重要ですね。
小川うちの厩舎は1週前の水曜にCWコースで、しっかりやることが多いんです。ここで、いい調教をこなすには2、3週間前の調教が肝心なんですよ。速い時計を出す前の、前段階ですからね。ここを間違うと、1週前にやるべきテーマがこなせなくなってしまいます。
細江今後の調整をスムーズにするための正念場は2、3週前追いから始まっているんですね。
小川そうなんです。さらに、1週前の水曜にけっこうな負荷をかけた後、中3日での日曜日の調整も難しいんですよ。けっきょく、週に2回追っていることになるので、この2日間のトータルバランスを考えないといけませんからね。漠然と速い時計を出すだけでは、ダメなんです。
厩務員になったきっかけ
細江繊細な調整が必要なんでね。ところで、小川さんは競馬のお仕事をして、何年になるんですか?
小川47年です。京都競馬場のすぐ近く、淀の出身なんすよ。僕が子供の頃はトレセンができる前なので、競馬場に厩舎がありました。だから、自分の家庭は競馬とは関係ありませんでしたが、同級生には競馬場の子がたくさんいましたね。
細江そのご縁で、厩務員さんに?
小川最初は騎手になる予定だったんです。当時は競馬学校ではなく馬事公苑に騎手養成所がありました。長期と短期のコースがあって、僕は厩舎で修行をしながら短期への入学を目指すことになりました。厩舎に住み込みなので、布団や生活用品をそろえて、いざ! と思ったら、本来所属するはずだった厩舎の先生に、佐藤勇先生が僕を見て、「見どころがある。騎手にさせたい。自分のところにくれないか」って話をしたそうなんです。
細江それで、佐藤厩舎に所属することになったんですね。その頃、住み込みの若手は大変だったのでは?
小川厩舎作業などはもちろんですが、お使いもありました。先生の奥さんに買い物を頼まれたり。佐藤先生は「お前に中山大障害を勝たせてやる」とおっしゃっていましたね。つまり、障害専門の騎手になれってことだったんです。さすがに、それは…と思って。
細江それで、厩務員さんになったんですね。これまで、どんな馬を担当なさってきたんですか?
小川谷潔厩舎の時にダンツキャスト(阪急杯で2着など)、グリーンサンダー(97年佐賀記念制覇)。あとは、杉山 晴紀厩舎にきてから担当したウインテンダネスは厩舎初のJRA重賞制覇をしてくれました(18年目黒記念)。
仕事をする上で、大事にしていることは?
細江セントライト記念を制したガイアフォースもそうですよね。長年、この仕事をする上で、大事にしていることは?
小川ファーストコンタクトが大事だと考えています。競走馬はペットではないので、かわいがればいいというものではありません。レースで結果を出すアスリートです。結果を出すために、僕は馬のマネージャーとして日々の生活に気を配る必要があります。そのためには、まず関係性を作ることですよね。
細江先ほども話していた、信頼関係を築くということですね。
小川そうですね。馬は人間に対して、試し行動をすることがあります。そういう時は、怒るのではなくて、敵ではないことを分かってもらう。そうやって、馬が味方として僕を意識するようにするんです。
細江結果を出すためには、二人三脚で努力しないといけませんもんね。
小川はい。だから、馬の表情に常に気をつけて、どんな状態かを把握しておかないといけません。そうでないと、先生に「こういう状態なので、こうしてくれませんか」と相談もできません。
細江正確な報告がないと、調教師の先生の判断が狂っちゃう?
小川そうです。たとえば、「きょうの調教は58秒」と言われたとき、「いや、60秒を切らないようにしてほしい」と言うのも、馬の状態が分かっていないとできないですよね。
細江馬の代弁者として、そこは譲れないところですね。
小川さらに、メンタル面に気を配るのも重要な仕事です。人間なら疲れ時に、家でテレビを見るとか息抜きができますが、馬はそうじゃない。調教してレースをしてと、ストレスの塊なんです。だから、馬にとって快適な空間を作るようにしています。それと、1日の運動量、馬の状態を合わせて考え、飼い葉の量を加減していきます。
細江そこまで、細やかに考えてくれれば、オーナーも安心だと思います。
小川厩舎に馬を預けてくれているのはオーナーですからね。その信頼には応えたいと思っています。
ダービーへ向けての課題
細江サトノシャイニングとも、そうやって関係性を築いったんですね。いまの、シャイニングに課題はありますか?
小川もう少し腹袋が大きくなればと思いますが、それって、ムダのない体だということなんですよね。だから、馬体に関しての心配はありません。
細江となると、ダービーに向けての心配面は折り合い、テンションですかね。歓声もスゴイでしょうし。
小川そうですね。それも、頭のいい馬なので、だんだん覚えていくと思います。
細江まだ、5戦しかしていない、若馬なんですもんね。
小川そうそう。課題があるのは、成長の余地があるということでもあります。サトノシャイニングはデビューから、一度も手が替わらず、僕が担当しています。だから、この馬の一番の理解者であり続けたいですね。

(構成:スポーツ報知 志賀浩子)

細江 純子
1975年愛知県蒲郡出身。1996年JRA初の女性騎手としてデビュー。2,000年日本人女性騎手として初の海外勝利(シンガポール)。2001年引退。引退後はホースコラボレーターとしてフジテレビ『みんなのKEIBA』関西テレビ『競馬BEAT』に出演。夕刊フジ・アサヒ芸能などにコラムを連載中。書籍は『ホソジュンのステッキなお話』文芸ポストでの短編小説『ストレイチャイルド』。
