01. 向正面でスルスルと上がって行ってエンジンがかかり、心肺機能が強いんだなと思いました

ファウストラーゼンの第一印象
細江菊本さんが担当するファウストラーゼン。いよいよ、皐月賞参戦が近づいてきましたね。この馬は、いつから担当なさっているんですか?
菊本ゲート試験に合格した後からです。
細江第一印象は、いかがでした?
菊本前進気勢に乏しくて、促さないと動かないんです。競馬業界あるあるだとは思うんですが、1つぐらいは勝てるかなって感じでした。
細江その感じだと、デビューまで時間がかかりました?
菊本近年はトレセンに入厩して4週間ほどでのデビューも珍しくないですよね。ですが、この馬は8週間ほどかけました。併せをすると時計で相手に負けませんが、調教師的に動きに納得ができなかったのではないでしょうか。やっぱり、オーナーのことを考えたら、初戦からいい競馬をした方がいいですもんね。
細江その新馬戦は、1,600m戦で10着でした。
菊本グッとハミを取る場面もあったし、直線で伸びるかと思いましたけど…まだ気持ちが乗り切ってなかったんでしょうね。レース後は疲れた感じもなかったし、あれは本気で走っていなかったんじゃないかな。距離も短かったですしね。でも、あの時期は、1,600m戦しかなかったんですよ。
細江そうなると、2戦目は仕切り直しとなりますね。
菊本そうですね。短期放牧に出て、戻ってから調教で乗った(鮫島)克駿が、ブリンカーかチークを使ってみてはと提案してくれました。
細江それでチークピーシズを着用し、さらに距離も2,000mに延ばすことになったんですね。
菊本もう、スタートして全然前について行けないし。これは、ダメだなと思っていました。そうしたら、向正面でスルスル~と上がって行った。直線でエンジンがかかってからは、馬群を縫いながらもギュ~と伸びました。
細江前に落馬競走中止の馬がいながら、まくっていったのもそうですし、直線で外にグンと切り返しての差し切り勝ちは印象的でした。
菊本終わってからの息の入りは早かったですし、心肺機能が強いんだなと思いました。まあ、今から思えば、この馬らしい競馬でしたよね。
細江なかなか、この時期の2歳馬にできる芸当ではないですよ。この時点で、ホープフルSではファウストラーゼンだ!と狙っていたファンも多かったようですよ。
菊本えぇっ、そうなんですか?機動力があることはわかりましたけど、GⅠでやれるなんて、この時点はまったく考えていませんでしたよ。
ホープフルSでの活躍
細江ホープフルSに向けての調整は、いかがでしたか?
菊本3戦目は京都2歳Sという話もあったんですが、馬房で目をこすってしまったんです。それで、いったん放牧に出しました。そうこうするうちに、ホープフルSに使えるのではとなったんです。
細江舞台は中山で、初めての輸送競馬となりましたが。
菊本あまり環境の変化に影響されないので、大丈夫だろうと思いました。飼い葉食いも落ちないタイプですしね。ただ、変なところでスイッチが入るので、心配はそこだけでした。
細江変なところとは?
菊本競馬場の滞在馬房から装鞍所に入るぐらいまでは落ち着かないんです。でも、ある程度時間がたつとおさまって、パドックに行くころには大丈夫という。
細江ホープフルSでは馬具をブリンカーに替えましたが?
菊本前走後に克駿から「スタートしてから前半は行く気がないから」と勧められました。1週前に杉原(誠人)が栗東に乗りにきてくれた時も、同じように感じたようだったので、ブリンカーをすることになりました。
細江パドックでは、していませんでしたよね?
菊本いきなり着用してパニックになってもいけないので、ゲート裏でつけることにしました。レース直前につけることで、気持ちの切り替えになるかもという考えもありました。
細江このレースも、ちょっと想像できない走りでした。スタートでは最後方で、向正面で一気にまくって行きましたが。
菊本後で杉原に聞いたんですが、オーナーからは前に行ってほしいと頼まれていたようです。でも、二の脚がないから、置いて行かれちゃう。そうなったら、まくってと調教師には言われていたそうです。でも、僕は聞かされてなかったから、ゲートから帰ってくるバスのテレビモニターを見て、「いや~、やってるな。意外と、おもしろいことに、なるんちゃう?」とか言っちゃってました(笑)。まあ、見せ場は作れたかなと思ったんです。
細江ところが、3コーナーで逃げるジュンアサヒソラを捕らえて先頭に立っても、勢いはそのまま。
菊本もう、ビックリしました。最後に2頭に差されたとはいえ3着って。普通はあんなレースをしたら残れないですよ。
細江中山のコース形態からも、難しいですよね。上がってきてからは、どうでした?
菊本けっこう疲れていましたね。終わって厩舎に戻る途中で歩様が乱れるくらいでした。というか、あの競馬で疲れなかったならスゴイですよ。
重賞初制覇
細江それだけ疲労があると、やはり間隔を開けようとなったんですかね。レース後の放牧から、どのぐらいで帰ってきたんですか?
菊本4週間ぐらいですね。疲れが取れて毛ヅヤや張りは良くなっていました。
細江そこから、弥生賞に向けての調整に入りましたが。
菊本だんだん調教でも、以前より動けるようになっていきましたね、馬体の大きさは、さほど変わりませんでしたが、この頃から体形が変わっていきました。
細江成長が見られたんですね。その弥生賞ですが、スタートで大きくヨロけてしまいました。
菊本そうですね。まだ、トモが緩いから、スタートでフラつくことがあるんです。で、一気に加速ができないから、じわ~っと伸びていくんですよね。杉原も前回と同じようなシチュエーションになったから、まくって行っても、ちょっと息を入れながらと考えたんじゃないでしょうか。だから、直線でヴィンセンシオに差されそうになっても耐えられたのだと思います。
細江たしかに、今回はうまく1回息を入れてからゴーサインを出していましたね。杉原騎手、会心のレースとなりました。
菊本「すごい、心肺機能ですわ!」って言いながら、メチャクチャ喜んでいました。宮崎(俊也)オーナーにとっての重賞初制覇ということで、オーナーもとってもうれしそうでしたしね。その姿を見て、自分もうれしかったし、頑張ってきた甲斐があったなと思いました。

(構成:スポーツ報知 志賀浩子)

細江 純子
1975年愛知県蒲郡出身。1996年JRA初の女性騎手としてデビュー。2,000年日本人女性騎手として初の海外勝利(シンガポール)。2001年引退。引退後はホースコラボレーターとしてフジテレビ『みんなのKEIBA』関西テレビ『競馬BEAT』に出演。夕刊フジ・アサヒ芸能などにコラムを連載中。書籍は『ホソジュンのステッキなお話』文芸ポストでの短編小説『ストレイチャイルド』。
